いよいよ牛次郎の旅、最後の日となった。
今日の目的地は旅の出発地点であるキトだが、暗くなってから入るのは嫌なので、朝早くバーニョスの町を出る。町の出口からは、噴煙を上げるトゥングラウア火山がはっきりと見えた。
キトまでは約200キロほど。しかし、最終日だというのにブレーキの調子が悪い。最後で事故は起こしたくないので慎重に走る。
アンバトの町で右に折れ、キトと南エクアドルを結ぶ幹線に出る。この幹線道路は「アンデスの廊下」と呼ばれるそうで、その名の通り、アンデスの峰々をぬって走っている。天気が良かったので、東に標高6000メートル弱のコトパクシ火山が見えた。
慎重に走ったものの、幹線道路はそれまでのエクアドルの道よりはるかに走りやすく、午後にはキトに着いた。見覚えのある通り、建物・・・確かに帰ってきたのだ。我々はキトを北に出て、ちゃんと南から戻って来られたのだ。ちょっとコロンブスの気分。
そして、旅の出発地点である旧市街のホテル「スクレ」の前に牛次郎を停めたところで、「牛次郎の旅」は終了した。146日間、約3500リットルのガソリンを消費し、約22000キロを走った旅だった(うち、私は一時帰国したので91日間、約17200キロに参加)。
コロンビアのゲリラ地帯で突然のエンスト、ブラジルのパンタナール湿原の真っ只中でのクラッチ故障・・・「今度こそダメかも」という故障、トラブルが何度もあった。しかし、牛次郎はその度に復活の雄叫びをあげてくれた。「まだ走れる」、まるでそう言っている様だった。
最後の方は風前の灯のような状態だった。アクセルを開けてないと止まってしまいそうなアイドリング、エンジンを固定するボルトは欠落し、エンジンはカタカタ震え、ブレーキは効かず、始動の度に押しがけが必要だった。しかし、無事にゴールインできたのだ。まずは牛次郎に感謝、感謝。
「スクレ」の前でシャンパンを開け、記念写真を撮ってもらうが、関係ないオヤジが割りこんできて感動が薄れた。
5ヵ月ぶりに「スクレ」にチェックインし、バイクを預けた従業員カルロスと再会した。アヤシイ日本語を連発する彼だが、最近覚えたのは「オクサンニユウゾ」だった。
「スクレ」はなぜか日本人旅行者で溢れており、屋上の良い部屋は取れなかった。代わりに2階の、窓もコンセントも無い「商売部屋」に入るしかなかった(スクレはもともと売春宿である)。とりあえず荷物を全部部屋に運び、パソコンだけを持って牛次郎を停められる駐車場を探す(以前はカルロスの家に停めていたが、今の状態で前の坂は登れまい)。
まずは旧市街の駐車場をあたるが、「デカすぎる」と断られてしまう。仕方無しに新市街に向かう。
途中、ショッピングセンターで待望のピザ・ハットのピザを食べ、カフェでインターネットに接続する。しかし、以前愛用していたカフェは新たにプロキシサーバーを導入し、接続が出来なくなっていた。仕様が無く、料金の高いショッピングセンターの中のカフェに行く。
新市街での駐車場探しは意外と難航した。24時間空いている駐車場がなかなか無いのである。そこで何の施設か分からないが、迎賓館のような立派な建物と駐車場のある所の入り口に警備員が立っていたので、ダメもとで中に一晩停めさせてくれないか、と頼む。すると意外にも朝6時までなら良いという。朝6時になったら前の道路に動かしておくから、というので、カギとチップを渡して旧市街に戻る。
やれやれ、これで最終日も終わった。明日から牛次郎の売却計画始動である。
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