旅の日記

アメリカ・アナハイム〜トーランス編(1999年11月22〜28日)

1999年11月22日(月) 久美子帰る(Kumiko comes back) 

 朝、久美子を空港に迎えに行く前にパソコン屋に寄ってLAN、モデム兼用PCカードを買おうとした。そしたら、USB接続のLANアダプタが安く売っていた。何だ、これでいいじゃん。モデムのスペアは無いが、それは壊れた時に考えよう。
 空港に行って、待ち合わせ場所のマクドナルドの前で待っていると、しばらくして久美子が来た。飛行機が早めに着き、ずっと前からマックで待っていたらしく、その姿を私は見落としていた。再会早々、お目玉を食らう和広であった。
 モーテルへ帰ると、久美子が寝だした。時差ぼけでなくてもよく寝る人なので予想できた行動だったが、驚くべきは今日の寝言だ。久美子は寝言はあまり言わないのだが、今日は寝はじめてすぐに、「あのねえ」と私に話しかけた(と思った)。「何?」と振り向くと、「非常口も折りたためるんだよ」と、謎の寝言をはっきりとした口調で言った。何の夢を見ているんだか。
 久美子が寝ている間ヒマだったので、インターネットエクスプローラーの最新バージョン(5.0)をダウンロードした。あまり期待していなかったのだが、ブラウジングのスピードが明かにアップした。バージョンアップって、やっぱ意味があるものなのですねえ。
 夜になって久美子の意識が回復した。またも「来々軒」で食事(小生は硬焼きソバ、妻はミソラーメン)をし、その後久美子がインターネットをやりはじめた。2時間くらいやっただろうか、久美子が突然「眠い」と言ってまた寝始めた。こりゃ時差ぼけじゃないですね、もはや。
 このモーテルはあさっての朝までの料金を支払っているが、明日の午後に引き払ってトーランス(ロス国際空港の南に位置する町)にお住まいの梶さんという方の家に泊まりに行く。どういう人なのかは、会ってからのお楽しみ。
 結局、この「アナハイムロッジ」に20泊もしたことになる。ここは部屋も綺麗でベッドも広く、電話の回線もバッチリ。フロントに電子レンジ、コインランドリーあり。料金は週単位で借りれば一泊26ドル程度。駐車場も入りくんだところにあるので、表の通りからバイクは見えません。近くにラーメン屋「来々軒」あり。ディズニーランドとナッツベリーファームから近くだが、ロスのダウンタウンまでは小一時間かかるのが難点。でもなかなか快適なシティライフ(死語)を送れました。

二日間の走行距離   108.5キロ(計11870.7キロ)

出費              40$ LANアダプタ、フロッピーのケース(カード)
                 15$ 夕食(来々軒)
               1.99$ ミネラルウォーター
計            56.99$            

宿泊         Anaheim Lodge


「久美子の言わせて!」特別編  一時帰国中の行動
Kumiko's trip back to Japan

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1999年11月23日(火) 梶さんファミリーと出会う(Meeting Kaji family) 

 いやあ、大変な方と出会ってしまいました。梶正雄さんという方です。
 私がよく顔をだすNorthernWalkersという、バイク、自転車等で世界を旅する方には大変ためになるホームページの掲示板に最近、シアトル在住の小野沢さんという方が登場し、その方が「ロスにいるのなら、この人と会ったら」と紹介して下さったのが梶さんです。
 梶さんは1982年から6年かけて世界69カ国、9万キロを自転車で旅された方で、かの有名な「日本アドベンチャー・サイクリストクラブ」を創設した二人のサイクリストのうちの一人です。キャ〜大変、芸能界でいえば和田アキ子か北島三郎かってくらいのビッグネーム。
 それが、お会いすると本当に気さくな方で、「自分が旅行中に色んな人に世話になった分、今度は世話をしたい」と本人が言うように、今年だけで自宅に泊めた旅行者は30数組。悪い意味で「いかにも旅人」って感じの、「いやあ〜世界ってヤツぁね・・・」みたいに語ってしまうこともなく、言われるまでそんな冒険をされた人とは分からない、素敵なジェントルマンです。現在47歳、旅の途中で知り合った奥様のホリーさんと長女のセレナ(世礼菜)ちゃん(8歳)、次女のエミナ(恵美菜)ちゃん(4歳)とロス南部トーランスにお住まいで、電子基盤を扱う会社にお勤め。
 驚くべきは50歳までこのまま働くと、ようやく大学を卒業してから旅行していた期間と労働していた期間が同じになる、ということ。奥様とご結婚後も、お子さんが生まれた後も色々なところを旅し、それで大変立派な生活をされている。やっぱり才能なんですね。生活と旅を両立するのは。結婚したからとか、子供ができたから、といっても本当にやる気と知恵があれば、できるもんなんですねえ。
 
 というわけで、本日はアナハイムのモーテルを予定より一日早く引き上げ、梶さんの家にやってきた。アメリカは明後日から「感謝祭」の連休に入る。梶さんのお宅には2泊ほどを考えていたのだが、どこも宿が混み、道が渋滞するこの時期が終わるまで居ようと思う。

本日の走行距離   68.6キロ(計11939.3キロ)

出費            1.07$ 封筒
               4.85$ 今までのレシート全部の郵送料
計             5.92$            

宿泊          梶さんのお宅




1999年11月24日(水) まんま日本のスーパー(Going to a Japanese Supermarket) 

 今日は朝食後、長女のセレナちゃんを近くの小学校まで送る、という大役をおおせつかった。久美子と、次女のエミナちゃんと4人で歩いていく。無邪気な子供の笑顔を見ると、何て自分は汚い大人なんだ、と反省する(ウソ)。
 その後は梶さんに教えてもらったAAA(トリプルエー)の事務所へ。ここはいわばJAFのアメリカ版で、モーターリストにとって便利な地図がそろっている。ここで大変詳しい中米と南米のロードマップを手に入れる。今までも中南米の地図はそろえていたのだが、いかんせんロードマップでは無いので、詳しい地名がビッシリ書いてあっても道の状況が分からなかったのだ。これで梶さんにいただいた同じくAAAのメキシコとバハ半島の地図とあわせて地図関係はバッチリ、のはず。
 昼頃になって、ホリーさんに頼まれた買い物をするために会員制日本スーパー「マルカイ」に行く。まずはスーパーの一階にあるレストランコーナーで「鳥のから揚げ弁当」を食べる。安くて、味は日本のそのもの。うま〜。
 腹ごしらえが済んだ後は、いよいよ「マルカイ」の深部へ。中に入ると、おお、日本のテレビ番組ばっかりをそろえたビデオレンタル屋はあるわ、古本屋はあるわ、そして肝心のスーパーは日本食を作るために必要なものが全てそろう品揃えで、値段も安い。こりゃ、梶邸にお世話になっている間は何回も来るだろう。
 梶邸に戻り昼寝をした後、学校から帰ってきたセレナちゃんとエミナちゃんと、その他お友だち大勢と卓球をして遊んだ。少しの間だったが、子どもたちのあまりの元気さに参ってしまった。子どもの相手って疲れるなあ。
 夕食はカレーを久美子と作って梶さんファミリーに食べてもらった。梶さんたちは今夜、ホリーさんのご姉妹宅に行くので家を出る。梶邸を留守番する二人なのであった。

本日の走行距離   19.5キロ(計11958.9キロ)

出費             9.5$ 昼食
               1.75$ コインランドリー代
計            11.25$            

宿泊          梶さんのお宅



1999年11月25日(木) 寝サンクスギビング(Sleeping Thanks giving) 

 今日はサンクスギビング(感謝祭)の日。秋の収穫を祝う日で、アメリカでは国民の休日、家族で集い七面鳥やパイを食べる慣わしなのだ。商店も軒並み休業となり、日本の正月のような雰囲気。
 ご多分に漏れず梶さんたちもホリーさんのご姉妹宅にお出かけなので、私たちは二人でサンクスギビング。といっても、久美子が昼食を挟み午後5時まで寝たので、まるで寝正月。夕方に昨日のスーパー「マルカイ」へ行くが、サンクスギビングのため早く閉まっていた。仕方なく開いていた別のスーパーで冷凍食品を買い、チンして祝う青山家のサンクスギビング。豪華な食事は明日までガマンなのだ。
 
本日の走行距離   16.6キロ(計11975.5キロ)

出費            6.92$ 夕食(スーパー)
計             6.92$            

宿泊          梶さんのお宅

「久美子の言わせて!」
ぐうたら眠り病?なんか知んないけど眠い。いやーびっくりした。怒った&あきれたカズに途中何回か起こされたけど、合計すると20時間位眠っていた。途中昼飯の赤いきつねを食べるのに1時間位起きたけど、またすぐに眠る。一体何なんでしょう?時差ぼけ?サンクスギビングデーだったからかしら?その日の夜はさすがに眠れなくなるだろうと二人で予想したが、まんまと外れた。夜11時頃カズが「眠い」と言った。あんまり寝ていないのでそれは分かる。が、私も「じゃあ」と言って布団に入ると、おやっ一体どういうこと。そのまま熟睡。おそるべし眠り姫デビル久美子であった。しーっしっし。




1999年11月26日(金) 笑いが止まらない(Can't stop laughing 'cause it's too big) 

 いやあ、参った。甘かった。イエローストーンで知り合ったジェフのタホー湖畔の別荘に泊まり(カーソンシティ編)、「ここより豪華な所に泊まることは今後ないだろう」と思っていたのだが、本日、アメリカン金持ちの底力を見せつけられてしまいました。
 ジェフのお母さん、イブばあちゃんがロスより東へ2時間ほど行ったところにあるパームスプリングスという町に冬季だけ住んでおり、久美子が日本からおみやげの緑茶を買ってきたので、それを渡すべく遊びに行ったのだ。
 パームスプリングスは砂漠のど真ん中の町。夏は暑くてかなわんが、冬になるとお金持ちがこぞって避寒とゴルフにやってくるところ。町に入り、教えてもらった通りに進むと、なんやら豪華なゴルフ場が次々と現れ高級リゾートの様相を呈してきた。そして、ばあちゃんが住む、某住宅街のゲートへ。
 ばあちゃんがさりげなく「名前は出さないでね」というので、名を伏せさせていただくこの某住宅街は、四方を壁に囲まれた会員制の住宅街で、中にはどこまでが敷地か分からんような豪邸が沢山あり、専用のゴルフコースが二つある。当然、子汚いバイク乗りなんかが入りこめるところではないので、ばあちゃんが事前にゲートに連絡。国境並みの警備のゲートを抜けると、すぐにばあちゃん家はあった。
 ところが、ばあちゃん家は上の写真のとおり。なんやねん、どこから入るっちゅうねん。この笑ってしまうデカさ。写真の端から端まで、全部ばあちゃんの家、というより、ちょっとした村、って感じ。門が開いていたので中に入ると、中庭の向かいに玄関を発見、ノックして無事イブばあちゃんと再会。
 中に入ってまたビックリ。メインのリビングは右の写真のとおり舞踏会が開ける大きさで、キッチンなんて「料理の鉄人」のロケができる規模と設備。緑まぶしい中庭にはジャグジー付きのプール、ガレージは車4台は入る大きさで、中には愛車のジャガーと専用のゴルフカートがあった。この母屋のほかに来客用の「離れ」があり、そこにも専用のリビングやベッドルーム、シャワールームと簡単なキッチンがあった。この「離れ」だけで、高級コンドミニアムってノリ。私たちは今夜、ここに泊まるという栄光を手にしたのである。
 イブばあちゃんは旦那さんが他界されているので、なんとこの豪邸に一人住まい。9年前に完成したこのメキシコ調の家は平屋建てで、延べ床面積は6000平方フィート(約560平米)。「家が大きくても小さくても、さみしいときは一緒だからネ」と笑うが、いいや、大きいとさみしいでしょう。何なら三人で暮らしますか。
 夜は近くのメキシコ料理屋でごちそうになった。うまくて強いマルガリータを三人で飲んだがイブばあちゃん75歳、酒強いなあ。何事もなかったかのようにジャガーを運転して、帰りに「某住宅街」の中を案内してくれた。
 さすがに夜は早く寝ると言うので、ばあちゃんにおやすみを言って「離れ」でくつろぐ。いやあ、しみじみとアメリカの金持ちはちゃいまんなあ、と思うのであった。

本日の走行距離   あまりのことにメーター見るの忘れた

出費            28.24$ おみやげの日本酒(ジェフ用)
               13.62$ 昼食(「マルカイ」の食堂)
                6.21$ ガス(カード)
計             48.07$            

宿泊          イブばあちゃんの豪邸

「久美子の言わせて!」
きゃあ〜!イヴばあちゃん。ちゅっ。久しぶりといっても1ヵ月しか経ってないけど、うれしいよぉ。予想どおりにお家はでかし。豪華だにゃぁ。庭に面したゴルフコース。はにゃあ?一度だけボールが屋根に飛んできたそうだ。うーむ。初心者の私じゃまわれないのう。あとめちゃくちゃ高いらしい。たしかメンバー以外は250ドル程かかるそうだ。ばあちゃんと一緒だと50ドルになるんだって。お得!でも元気そうでよかったよかった。夜はメキシコ料理をご馳走になる。うまー。店のおやじに「マルガリータ三つね」とばあちゃんが頼むと、おやじが「彼女は若いね。いくつなんだい?」。イヴが「あなたは22よね」といったがよく理解していなくて「私は27歳よ」とおやじに微笑むが、「IDカード見せろ」と言ってきた。でもそれが家においてきちゃったんだよね。が、さすがばあちゃん「私が保証するから」で一軒落着。水戸黄門が最後に印籠を見せる時に流れる曲がぴったりであった。また若くみられてうれしいでござる。しーっしっし。




1999年11月27日(土) おでんとポン酒(Eating ODEN and drinking SAKE) 

 朝起きると豪邸にはジェフの弟、イブばあちゃんの次男のダグラスと奥さんのクレアが来ていた。5人で朝食を食べていると、家政婦のニーナがやってきた。さすがにこの豪邸を一人で管理するのは大変なので週に2回ニーナが来るのだが、このニーナがまた一味違う。メキシコ人の家政婦っていうから市原悦子の日焼けバージョンをイメージしていたら、何か高級マダムって感じ。この家の住人って言われても信じてしまいそう。
 朝食後は、イブばあちゃんがまた某住宅街の中を車で案内してくれた。残念ながら名は伏せるのですが、誰もが知っている食料品会社のオーナーや、スーパーマーケットのチェーンのオーナー、そして「あの」コンピューターソフト会社の会長(!)などの家を拝見。中でもすごかったのは、ラスベガスのカジノのオーナーの家。ただでさえデカイ区画を三つも買い、ガレージには車が12台入るという。門の前には愛車のハマーがデーンと置いてありました。この家、18億円で売りにでているそうなのですが、誰か興味ありません?もったいないのはほとんどの人が年間を通じてこれらの家を使わないということ。週末だけとか、冬だけとかで、暑い夏になるとほとんど住人はいなくなるという。もったいなー。
 ミニツアーの後にイブばあちゃんに別れを告げ、豪邸を後にする。ロスへ向かうフリーウェイ沿いに日本人観光客にも人気のある大型のアウトレットモールがあるので、そこに寄って梶さんちのお子さんへのクリスマスプレゼントを買う。午後4時前にロスに到着、また「マルカイ」で今夜のおかず、おでんと日本酒を買う。
 ロスは相変わらず暖かく、鍋という雰囲気ではないのだが、日本ではもうすぐ「師走」なので今夜はおでんで一杯。いや〜うまかばい。梶さん一家は旅行中なので、また明日まで二人で留守番なのだ。

二日間の走行距離   459.4キロ(計12434.9キロ)

出費             3.99$ モールでホットチョコレート
               25.03$ 夕食(おでんと日本酒)
計             29.02$            

宿泊           梶さんのお宅

「久美子の言わせて!」
ブレックファーストをばあちゃんの息子のダグラスと嫁クレアとみんなで食べた。食後にクレアが「彼女は100%日本人?」とカズに聞いた。「あまりみえない。なぜかというと今一緒に日本人と働いているので日本人の顔をしっているから」だって。どんな日本人じゃあ。ともかくぷりてぃってことにしときましょ。しーっしっし。
最後にばあちゃんとぎゅーっと抱き合ってお別れをした。手紙書くからねー。元気でねー。
帰りに日本人向けのスーパーで買い物をした。日本人が日本語による、すくい豆腐の試食販売を行っていた。カズはふらふらと吸い込まれ、豆腐をうれしそうに食っていた。また道草こいてと思って近づいて行った。お姉さんは日本語で引き続き「試食いかがですか?」と連呼していたが、私に英語で話しかけてきた。おいおい。わしゃ何人に見えるんだ!こら〜。きっとこれもぷりてぃだからしょうがないっか。しーっしっし。




1999年11月28日(日) 餃子を食べる(Chinese dumpling party) 

 例によって昼前に起き、梶さんのお子さん二人にあげるクリスマスプレゼントを買いにいった。戻るとすぐに、サンディエゴまで小旅行に行っていた梶さん一家が帰ってきた。
 梶家で食べる最後の晩餐のメニューは餃子ということなので、不器用ながらも餃子作りを手伝う。梶さんの餃子の具は何種類もの材料を混ぜる本格派で、とてもおいしかった。
 食後は梶さんが自転車で世界一周したときに撮ったスライドの上映会となった。もう15年くらい前のフィルムになるが少しも色あせることなく、世界各地の美しい風景や人々の様子などが見られた。楽しかった話やつらかった話をたくさん聞いたが、やはり記憶に残るのは苦労話や恐い体験。
 梶さんがアフリカを旅行中、10日間ほど船で川を旅したことがあるそうだ。船といっても貧しい乗客であふれた難民船のようなものだったが、途中で現地人の乗客が足を滑らせ、川に落ちた。しかし誰も助けようとせず、「あ、死んじゃった」と、速攻であきらめたという。いかに命の価値が低いか分かるエピソードだ。梶さんは甲板の上にテントを張って過ごしていたが、それ以降船の上で歩くときは慎重に慎重を重ねたという。
 こうして梶家の最後の夜は過ぎた。明日はいよいよロスを発ってサンディエゴへ向かう。

本日の走行距離     8.5キロ(計12443.4キロ)

出費             2.79$ パスポートのコピーのラミネート代
計              2.79$

宿泊           梶さんのお宅