22日の早朝に船は出航する予定だったが、結局船が港を出たのは午前9時過ぎ、快適な眠りから目を覚ましてしばらくたったころだった。
さすがに動き出したら揺れるかと思っていたが、船はフィヨルド状の湾内や島の間をぬうように進むので、海はまったく平穏。体に感じるのはエンジンからの軽いバイブレーションだけだ。
この船で面白いのは操縦室が解放されていることで、乗客は自由に出入りして船員が操舵するところを見られる。船はけっこう狭い海峡を通るのだが、操舵の様子を見ていると緊張した様子は全く感じられない。船長にカメラを向けると、さりげなく顔とポーズをつくるのがおかしかった。
3度の食事は朝が8〜9時と、昼が12〜1時、夜が7〜8時。1日に3回あるこの「イベント」の他は、部屋でパソコンに向かったり本を読んだりと、のんびりと過ごす。ロビーでは1日2、3回、スペイン語字幕付きの映画のビデオも上映された。
山田太一の「遠い声を捜して」を読み終わったあと、ラディゲという20世紀初頭のフランス人作家の作品(題名すら忘れた)にとりかかったが、訳があまりにも直訳で、文面も難しすぎるので、最初の2ページで挫折してしまった。かわりにこの2冊の文庫本と、大友さんが持っていた真保裕一の「ホワイトアウト」を交換してもらう。
あの映画にもなった、ダムをテロリストを乗っ取るヤツだ。
23日の夕方ごろから船は外海に出て、予想以上に揺れるようになった。歩くのも困難で、トイレの中にあるゴミ箱が揺れるたびに転がって音を立てた。ただ座っているだけでも脂汗をかいてしまうほど気分が悪くなるので、ベッドに横になって本を読む事くらいしかできなかった。おかげで600ページ以上ある「ホワイトアウト」が進んだ。
次の朝には船はふたたび湾内に入り、揺れは止まった。午後には「ホワイトアウト」を読み終え、ロビーで会った大友さんに報告すると、「早すぎる」と驚かれた。彼は私のあげたラディゲの文庫本の最初の数十ページとの格闘を終えたところだった。
部屋のシャワーもお湯がたっぷりと出て、窓からの景色も素晴らしく、まったくもって快適な船旅だった。私も今までに国内、国外ともフェリーに乗った経験があるが、こんなに快適な船旅は初めてだった。トラブルがもとで乗ることになったが、本当に乗って良かったと思う。
24日の夜、つまり最後の夜にロビーで簡単なパーティが行われ、残り少ない船旅をみんなで惜しんだ。
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