朝、宿を出て40キロほど走ると、マゼラン海峡を渡るフェリーの乗り場に来た。天気は良いが、風が強い。ヘルメットを置いているだけで、勝手に転がっていってしまう。
フェリーはガラガラだったが、よりによって係員が指定した駐車場所が思いっきり潮のかぶる位置だった。他に空いている場所はいくらでもあるのに・・・。しかし、揺れるフェリーの上では今更動かす事もできず、潮をかぶりながらバイクが倒れないように押さえるしかなかった。
南米本土に上陸して西へ走り出すと、風はいよいよ強くなった。来るときは追い風となって実感が無かったが、これがみんなのいう「パタゴニアの風」か。たしかにこれはツライわ。
どれくらい強いかというと、簡単に言えば台風くらい。向かい風ならまだいい。本当につらいのは横からの風で、バイクを思いきり斜めにしないとまっすぐ走ってくれないのだ。そしてその風が突然止んだりすると、これまた恐怖。バイクを傾けているものだから、バイクは明後日の方向にいきなり曲がっていってしまうのだ。ヘタをしたら、というより、ヘタをしないまでも簡単に反対車線にはみ出てしまう。これは注意が必要だ。
そして風は肉体的にもたいへん疲れる。横からの風だと、首をまっすぐに保つだけでもけっこう筋力を使うのだ。そしてダートになると、風で舞いあがった小石やジャリがバシバシと体を撃ちつける。まるで空気銃のマシンガンで撃たれているように痛い。
いつもは110〜120キロで巡航するのに、今日はギアをトップに入れることもできずに80キロぐらいが関の山。そして給油して300キロも走っていないのに、まさかのエンジンストップ。こんなに早くガソリンが無くなるわけがないので、はじめは別のトラブルかと思ったが、やはりガス欠だった。いつもはリッター20キロ以上は確実に走るのに、今日はリッター16キロ・・・。タンクをリザーブに切り替え、運良く近くにスタンドがあったので慌てて給油した。
さて、今日の目的地はプエルト・ナタレスだが、その前にちょっとより道してペンギンのコロニーを見ようと思った。プエルト・ナタレスはパイネ国立公園観光の基地となる都市だが、その南約250キロにはプンタ・アレーナスという、もっと大きな都市がある。(名前が似ているので、本当にややこしい)
ペンギンのコロニーはプンタ・アレーナスへ向かう道の途中にあり、ちょっと遠回りになるが、かわいいペンギンに会いたいので足を伸ばして見ることにする。しかし小さな看板に従ってダートを進むのだが、道はどんどん細くなり、荒れていき、
しまいには砂浜にぶつかって終わってしまったので諦めて引き返す。
本道に戻ったところでバイクを止めて考えた。予定どおりプエルト・ナタレスに進むか、それともここから近い大きな都市、プンタ・アレーナスに行くか・・・。というのも、リアタイヤがかなり減ってきたのだ。
サンチャゴで交換してまだ5000キロしか走っていないのだが、ウシュアイアに下るときに舗装路で思いきり飛ばし(オフロードタイヤが最も早く減る走り方)、最近でもダートをバリバリ走っていたので、予想以上に山が無くなってきたのだ。最悪でもサンチャゴまで帰れると思っていたのだが、まさかこんなに早く減るとは・・・。プンタ・アレーナスにタイヤがある保証は無いが、ここまできたらあと40キロ。やはり行ってみることにした。
予定を変更してプンタ・アレーナスへ向けて走り出すと、ホンダ・アフリカツインを駆るアルゼンチン人、アドリアンと出会った。彼もこれからプンタ・アレーナスへ行くというので、一緒に走ることにする。
月並みな表現だが、出会いは本当に不思議だ。私がもし予定どおりプエルト・ナタレスに向かっていたら、彼とは道ですれ違い、止まる事もなく、ただ手で挨拶して終わりだったろう。それが一緒に走り、ホテルを探し、同じ部屋に泊まることになったのだ。
37歳の彼はこれからウシュアイアまで下り、そしてアラスカまで北上するそうだ。とても明るく笑い上戸で、なかなか面白いヤツだ。英語がちょっとだけできるので、スペイン語と英語を交えての会話となった。統計的に見ると、私は30〜40代のバイク乗りのオヤジによくモテる。
インフォメーションセンターで教えてもらった宿はなかなか良いところだった。若い主人は街の地図をくれ、バイク屋やインターネットカフェ、スーパーの位置をていねいに教えてくれた。
アドリアンとレストランに行ってビールを飲みながらピザを食べたあと、街を回ってタイヤを探す。しかし、DRに合うサイズのタイヤはやはり無かった・・・。そしてここはチリ南部でも最大の街、ここに無いと言う事は他でも望めないということだ。
しかもわがDRを良く見ると、右側のフロントフォークのオイルシールがイカれて、オイルが漏れているではないか!四万キロ以上も無交換で、昨日みたいにダートを飛ばした代償か・・・これにはマイった。シールのスペアは持っていないし、タイヤも無いのにこの街で合うシールが手には入るとも思えない。他のを無理やり流用しても一時的にはうまくいくとは思うが、そのうちにまた漏れるだろう。第一、私にはそんなに試行錯誤をしている時間がない。
タイヤが無いのとフォークオイル漏れのダブルパンチ!
これで、ある決心がついた。本当はこの後、パイネ国立公園を見て、アルゼンチンに再度入国し、カラファテで氷河、バルデス半島でシャチを見て、ブエノス・アイレスまで北上してからサンチャゴに戻ろうと考えていたが、陸路でアルゼンチンを北上するのはもう無理だ。プエルト・ナタレスから約2000キロ北のプエルト・モンまでフェリーが出ているので、パイネ国立公園とカラファテの氷河を見た後、それに乗って帰ろう。
プエルト・モンからサンチャゴまでは1000キロ。それくらいならタイヤも持つし、完全な舗装路だからフォークへの負担も少なくて済む。
ブエノス・アイレスやバルデス半島などは、今後の人生のためにとっておこう・・・。それより、このトラブルによって出会ったアドリアンとの時間や、乗る予定の無かったフェリーでの船旅を楽しむとしよう。
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