旅の日記

アメリカ・ザイオン〜ラスベガス編(1999年10月7〜14日)

1999年10月7日(木) 暖かいザイオン国立公園へ(Zion National Park)

 午前中ふたたびブライスキャニオンへ。空はあいかわらず低い雲が立ち込めており、寒い。ビジターセンターの前の温度計は5度を示していた。標高8000フィートですもん、寒いはずです。トレイルを歩こうかとも思ったが、あまりの寒さに暖を求めてザイオン国立公園へ下ることに。
 ザイオンはブライスキャニオンの南西、割と近くに位置する国立公園だが、標高が下がるためにブライスキャニオンより格段に暖かい。近づくにつれ、暖かくなるとともに天候も回復してきた。
 午後2時ごろザイオン国立公園に到着。のっぺりとした岩山が道の両側に迫るが、正直言ってわざわざ写真を撮るほどのことも無い。ザイオンはトレイルを歩かなければ意味が無い公園なので、ピクニックエリアで昼食を食べながら今後の予定を立てる。
 ザイオンのメインイベントはナロウズという断崖の谷底の沢を登るトレイルと、エンジェルズランディングという岩山を登るトレイルの二つ。今日は午後も遅いので二つとも無理。代わりにエメラルドプールという水たまりを観るトレイルへ。
 30分ほど登ってプールに到着するが、雨が少ない季節のために水が少ない。滝もチョボチョボ、って感じで情けない。まあ、楽しみは明日以降、ってことで宿を求めてザイオンをひとまず後に。
 ザイオンから南西へ70キロほど下ると、セントジョージという町がある。ここは何故かモーテルの相場が安い。ガソリンスタンドに置いてある無料のモーテルガイドに安い広告が何軒も載っていて、以前からマークしていた。一番安いモーテルへ行くと、ダブルベッド二つの部屋で25ドル。電話も完備で、ネット接続もできるぞ。
 夕食を食べに町へ出ると、大型の車用品店があった。そろそろオイルの交換時期なのでバルボリンの最高グレードをゲット。私はそんなに高くないオイルで頻繁に交換する派なのだが、たまには贅沢もね。
 オイルをぶら下げ、久美子嬢がステーキをご所望とのことなのでデニーズへ。だが、この町のデニーズは味がイマイチだった。モーテルへの帰り、道を歩いていると十代と思われる車のドライバーが私たちに向かって何かを叫び、中指を立てて通り過ぎていった。一台でなく、何台も。若干恐怖。こんな田舎町で、アジア人に対する偏見か、とも思ったが、夜駐車場でオイル交換していると、別に私を意識している訳ではなく、若いドライバーが奇声をあげながら目の前の道を通りすぎて行く姿を何回も見た。この町の若者はとにかく元気、ということにしておこう。
 明日はいよいよザイオンの深部へ突入する。
 
本日の走行距離  250.1キロ(計6821.2キロ、オイル交換3回目)

出費          32.70$ モーテル(昨晩の、カード)
              4.25$ ガス(カード)
             25.38$ モーテル(カード)
             17.71$ 夕食(デニーズ、カード)
             12.72$ オイル(カード)
計           92.76$

宿泊         Dixie Palms Motel



1999年10月8日(金) 川を登る(The Narrows)

 ウェンディーズで腹を膨らませてからザイオンでのメインイベントの一つ、ナロウズのトレイルへ挑戦すべく昼過ぎに公園に到着。
 川沿いの歩道を1キロ少し行くと、舗装が途切れた。この先は川の中をジャブジャブと歩いて登らねばならない。出発してから一回も靴を洗っていなく、足の臭いも円熟味を増してきたので、ちょうど良い洗濯と思いひざまでつかって歩く。
 水は思っていたより冷たくないが、それでもずっと水の中を歩いていると指先が痛くなってくる。川の両側は切り立った崖で、進むにつれて両方から迫ってくる。滑りやすい岩を越え、丸太の一本橋を渡って2時間ほど行くと、2本の川が合流する地点まで来た。
 地球の歩き方を読むとこの先は無理とのことだが、乾季が幸いしてか、水位が低いのでまだ行ける。細い方の川をさらに上ると、幅はわずか数メートルの細さになった。見上げるとはるか上、左右の崖の隙間からわずかに青空が見える。ここまで来ると、谷底が太陽に照らされることは無い。暗く涼しい谷底を行くと、胸までつからないと渡れない滝壷に出た。果敢にもここを渡った女性が二人がすぐに引き返してきたので、ここを渡ったとしても先は知れている。ここで引き返すこととする。
 出発点まで戻ると、時刻は4時を回っていた。今日の活動はこれで終了。靴下を絞って、セントジョージの町へ戻る。
 町にはいくつもモールがあったので見て回ると、パソコン用品店で待望のClik!ディスクを発見。アメリカでは日本より安く出回っているだろう、と思ってあまり持ってこなかったのだが、今までの田舎町では姿を見なかった。値段を聞くと4枚組で50ドルとのこと。ウーン、これって日本でいくらしたっけ?日本より高いんじゃないか、と思っているうちに買ってしまった。まあ、仕方ない。
 夜はテレビでやっていた、カーチェイスの映像を集めた番組に釘付け。私って、こういうのに目が無い。警察24時とか、カメラが捕らえた決定的瞬間とか。モーテルに泊まるとテレビが楽しい。明日は山登りだ。

本日の走行距離  162.6キロ(計6983.8キロ)

出費           5.64$ 朝食(ウェンディーズ)
              8.63$ 昼食(ピザ、カード)
             53.07$ Clik!ディスク4枚(カード)
             31.75$ モーテル(カード)
              7.26$ 夕食、ジュース
計          106.35$

宿泊         Dixie Palms Motel

「久美子の言わせて!」
今日家に電話をした。お姉ちゃんと話していたらとうちゃんが帰ってきたので代わった。
「今どこだ?」と聞くので「セント・ジョージだ」と言った。とうちゃんは理解できただろうか?「もうすぐラスベガス」と簡単に説明したら「一山当てるのか?」と流石ギャンブラーおやじ。よしカジノへ繰り出そうと思った。だがカズはそれを許してくれるだろうか?
くみちゃんのお金でどうぞ。といいそうだ。それでもいっか。なにやろうか楽しみだ。
川登りは思ったより水が冷たくなく、あっという間に川が合流する所まで行ってしまった。それでも2時間ちょっとかかったけど。水の中をジャブジャブと靴のままで入るなんて、なんか小学生のときを思い出した。雨が降ると長靴履いてわざと水溜りに入ってジャブジャブ遊んでいたなぁと。靴の中まで水が入ってきて、中でもちゃぷちゃぷいって何とも言えない感覚。今日もそんな感じだった。途中どうやって進むか考えていたら後ろから来たお兄さんがザブザブ平気で進んで行った。私も後を追って進もうと振り向いたら、奴は流れの速いところで渡ろうと苦戦中。「おーい。かずくーん」と優しく2回も叫んだにもかかわらず奴は返答無し。あらためて「あほー。あほー」と呼んだら気がつき戻ってきた。今度からそう呼ぼうかな。ランクの下がったカズである。



1999年10月9日(土) 天使の降り立つ場所へ(Climbing the Angel's Landing)

 今日は「エンジェルズランディング」という岩山を登ることに。往復8キロほどのトレイルだが、最後の800メートルはくさりにつかまりながら岩を登るハードなもので、高所恐怖症の人にはきついらしい。しかし、頂上からの眺めは格別だそうだ。
 昨日と同じく昼過ぎに公園に到着。昨日は太陽のあたらない谷底だったから涼しかったが、今日は太陽の照りつけるトレイルなので暑い。最初の1キロほどはなだらかな登りだが、その先は急なスイッチバックが続く。日陰があるたびに休憩しながら登る。
 一時間半ほど登ると、いよいよくさりが現れた。地球の歩き方に軍手を持ってきた方が良いと書いてあったので、バイクのグローブを持ってきたが、使うほどでもない。こんなの楽勝じゃん、と思いながらホイホイ登って行くと、人がたむろしている所へ着いた。もう頂上か、と思ったら、そこからが本番だった。両側が断崖の細い尾根をくさりを頼りに登って行く。確かに高所恐怖症の人にはつらいかも。それにしても上から降りてくる人が多いので、すれ違うたびに道を譲らなくてはならない。これが結構時間がかかった。
 登り始めてから約2時間、ようやく頂上に到着。眺めは右の写真のとおり。登り始めからの標高差が450メートルとのことで、はるか下におもちゃのような車が動いている。それにしても、アメリカの国立公園では父親が赤ん坊を背負ってトレイルを歩いている姿をよく見た。昨日の川登りでも、ここ、エンジェルズランディングでも。断崖の上で赤ん坊がハイハイしていた。恐るべき光景。アメリカンパパ、体力あるなあ。誰だ、こいつらに戦争しかけたのは。
 帰りは楽かと思ったが、ひざが痛い。ななめに歩いてひざをかばいながら降りる。午後4時前に駐車場に帰還。しかし、今日はこれから約300キロ離れたラスベガスまで走る予定だ。暑いのでフリースのままで走り出す。
 途中ハリケーンの町で遅い昼食を食べ、カソリンスタンドで久しぶりに燃費を計ったら、リッター22.5キロだった。うおお、いきなり記録更新。日本で乗っているより6〜7キロは伸びている。その後も夕陽に向かって走りつづけるが、西に向かって進むのは眩しくてかなわない。夕陽が完全に沈んだころ、砂漠の真中にラスベガスの灯が見えてきた。
 ソルトレイクシティ以来の都会だ。ハイウェーを降り、ストリップと呼ばれる目抜き通りへ。カジノのネオンが眩しく、人が多いのに驚いた。カナダ以来の渋滞に疲れる。ガソリンスタンドに置いてある無料のモーテルガイドを見ていくつかモーテルをあたるが、どこも満室とのこと。また部屋があったとしても、ガイドに載っているような安い料金では泊まれないらしい。夏の暑いピークを過ぎた絶好の観光シーズンの土曜日はさすがにきつかったか。
 町をさまよううちに、ダウンタウンの方へ来た。あまり治安がよろしくなさそうだが、空室あり、とネオンが光るモーテルが何軒かあった。インド人が経営するモーテルに入って見ると、一泊60ドルという。55ドルまで値切ったが、足元を見た金額だ。しかし、山を登ったのと荷物満載で町中をさまよった疲れで、他をあたる気がしない。仕方なくここにチェックイン。
 部屋は汚くて狭かった。風呂には大きなコオロギがいた。でも今夜はベッドがあるだけでいい。明日一番に他のモーテルをあたろう。あー疲れた。

本日の走行距離  384.5キロ(計7368.3キロ)

出費            5.5$ 昼食(マクドナルド)
              6.77$ ガス(カード)
                58$ モーテル(カード)
              5.64$ ジュース、パン
計           75.91$

宿泊         Sky Ranch Motel



1999年10月10日(日) ネオンの街をクルーズする(Las Vegas)

 朝一番にしなければならないのは、今夜の宿の確保だ。この小汚いモーテルに延泊するつもりはさらさら無い。電話帳でいくつかモーテルをあたるうちに、エコノロッジというカナダで泊まった事があるチェーンのモーテルを見つけた。一泊30ドルとのことなのでとりあえず予約を入れ、チェックインできる時間までストラスフィアというホテルのタワーに登ることに。
 このタワーは270メートルほど高さがあるそうだが、ウリはてっぺんにジェットコースターとホットショットという、垂直に打ち上げられて落ちるというアトラクション(八景島にあるやつ)があることだ。ミーハーな私たちは、当然二つのアトラクションに乗れる券が付いた入場券を求めた。
 タワーそのものは結構古いらしく、ゆれまくるエレベーターに乗って上まで登る。展望台からまわりを見ると、街のすぐ向こうは360度見渡す限りの砂漠。よくこんな街が栄えたな、と思った。ギャンブル、欲望、恐るべし。はじめにジェットコースターに乗るが、スリリングとは言い難いシロモノだった。エレベーターガール(?)のおばさんが言っていたように、これは景色を楽しむもののようだ。次にホットショットへ。八景島で経験したヤツよりかなり小型なのでナメていたら、結構スリルがあった。何せ高さ270メートルですものね。
 タワーの次はサーカスサーカスというホテルの室内遊園地へ。たいしたことの無い規模の遊園地だが、久美子嬢がウォータースライダーを物欲しそうな目つきで見ているので、乗ることに。
 宿を探すために早起きしたので、眠い。チェックインできる2時前にエコノロッジへ行き、早めに部屋に入らせてもらう。何しろ暑いので疲れた。ここは昼間に活動する街では無い、と悟った私たちは夜まで惰眠をむさぼった。
 日が落ちて涼しくなったころ、活動再開。ストリップ沿いの大型カジノをぶらつき、ただで見られるアトラクションを楽しむ。各ホテルはそれぞれに趣向を凝らし、建物やカジノ、ショーを統一したイメージでまとめる。「シーザー」というホテルはギリシャ風だし、「ルクソール」というホテルは建物そのものがピラミッドの形をしている。「トレジャーアイランド」は前庭の池で行われる海賊のショーで人気を博し、一番新しい「パリ」は負けじと凱旋門やエッフェル塔まで造って見せた。アメリカの好景気を反映してか、まだまだまわりには新しいホテルが建設中だ。まるで街そのものが大きなテーマパークのようで、ただ歩いてるだけでも結構楽しい。
 そうは言っても、やはりギャンブルを経験しなければラスベガスに行ったとは言えないでしょう、ってことでカジノへ下見に。手ごろなのはスロットマシンだが、やはりディーラー相手のゲームをしなければ。わかりやすいのはブラックジャックだが、見ると最低の賭け金は5ドル。うーむ、もう少し様子を見ましょう。とりあえず今夜は一回5セントの最低ランクのスロットマシンで遊ぶことに。5ドルで100枚、安く遊べます。
 そして夕食を食べにマクドナルドに入った時だった。中国系の小さな女の子が店内を走り回っていたが、その子と目が合った久美子が天使のような笑顔で微笑みながら「ぶさいくだなぁ」と言った。確かに可愛くなかったが、悪魔のようなヤツだ。
 午前1時までふたたびカジノで遊んで街へ出てみると、喧騒は変わっていない。まさに不夜城だ。でも私たちは眠いので、今夜はここまでで眠ることに。

本日の走行距離  52.6キロ(計7420.9キロ)

出費             28$ タワー入場料(カード)
                10$ ウォータースライダー
             10.70$ 昼食(中華)
             32.65$ モーテル(カード)
              5.65$ 夕食(マクドナルド)
              5.00$ スロットマシン
              9.03$ ジュース、パン(カード)
計          101.03$

宿泊        Econolodge

「久美子の言わせて!」
 
ひざ痛いよー。あざが出来た。川登りしたときにぶつけたやつだ。大変!じりじりと照りつける灼熱の太陽になぜかひざのあざがうずく。シップでも貼ろうかと奴は言うが、ほっとけば治る、とのんきな私。早く治れー。
そんなことより今日はびびりんぐ!カジノでスロットをやっていたら制服着たおばさんがやって来て「あなた何歳?21歳過ぎてるの?ID Cardみせて」と言われた。まだまだいけるのね!と喜んでいる場合じゃない。IDは奴が持っているのだ。と思い振り向いたが見当たらない。「今無い。彼が持ってるの」と甘えたが、「持ってなきゃだめでしょ!」と怒られた。肝心な時に使えない奴だ。するとにょきっとカズが登場!パスポートをみせ無事解決。ビールをぐびぐび飲み、21歳かぁとほくそ笑むエンジェル久美子であった。




1999年10月11日(月) フロントタイヤ交換(Changing front tire)

 約12000キロ使用し、フロントタイヤが減ってきた。まだ山は若干あるのだが、この先サンフランシスコまで大きな街は通らないので、ここで交換することに。
 酷暑の中、バイク屋を回る。街の温度計は華氏100度(約38℃)を示していた。西部一帯が高気圧に覆われ、平年より大分気温が高いらしい。それにしても、ついこの間ブライスキャニオンで5度だったばかりなのに。乾燥した空気がなせる技か。
 タイヤの在庫があると電話で答えた店も、行って見れば競技用のモトクロスタイヤだった。こっちのバイク乗りは極端なので、オフロードバイクならバリバリのブロックタイヤを履かせることが多い。私が欲しいようなオンロード寄りのタイヤを置いてあるところが少ないのだ。3軒目に訪れた、その名も「バイクタイヤセンター」でようやくダンロップのD604を発見。交換してもらう。リヤタイヤを交換するときもそうだったが、DR800Sはアメリカでは販売されていないので、バイク屋では驚かれる。「これは単気筒なのか?」「どれくらいスピードが出るのか?」などど、みな興味津々。
 夜はまたカジノ巡りへ。ニューヨークニューヨークという、その名のとおりニューヨークをイメージしたホテルへ行くと、敷地内にジェットコースターが。これはタワーの上のヤツと違い、高さもあるし宙返りもあるしで、期待できそう。長い列を並んで乗ると、これが結構すごい。ラスベガスの夜景を見る余裕もないぐらいGが強烈で、首が痛くなって目が回った。ピザを腹いっぱい食ってすぐ乗ったのがいけなかったのか、気持ちも悪くなった。今日はカジノでブラックジャックに挑戦、と思っていたが、明日にしよう。今日も5セントのスロットマシンで遊ぶ。
 ラスベガスのカジノはただで飲物が飲めるのがうれしい。場内をあるいているウェイトレスにオーダーすると、ビールでもカクテルでも持ってきてくれる。1ドル程度のチップは必要だが。5セントのスロットで申し訳無い感じもするが、冷えたハイネケンをもらった。
 一番新しいパリというホテルのカジノに行く。新しいホテルのカジノの相場は高く、ブラックジャックの最低賭け金は10ドルだった。賭け金の範囲は最低何ドルから最高何ドルまで、とテーブルごとに違うのだが、驚いたのは最低100ドルのテーブルもにぎわっていることだ。それも見たところ、そんなに金持ちそうに見えない人たちで。もっと賭け金が高い、いわゆるビップ用のカジノは別室にあるわけで、このテーブルも「下々の人用」なのだ。うーん、美川憲一が何千万円も負けるわけだ。
 また午前2時ごろまで遊んでしまった。明日こそはブラックジャックに挑戦しよう。

本日の走行距離   69キロ(計7489.9キロ、フロントタイヤ交換一回目)

出費          65.30$ モーテル二泊分(カード)
              2.12$ ウェンディーズのシェーク
            100.38$ フロントタイヤ(工賃込み、カード)
              1.45$ マクドナルドのジュース
              8.18$ 夕食(ピザ)
                16$ ジェットコースター
                10$ スロットマシン
計          203.43$

宿泊        Econolodge

「久美子の言わせて!」
日本円をドルに換金した。銀行は閉まっていたのでホテルのカジノでやることに。「10000円はいくらになる?」と聞くとカウンターのお姉さんは「$90よ」とセクシーに言った。「じゃあ20000円換えてちょ」とかわいくお願いすると「OK!」と言って「$100、$20、$20…」と数えて手渡された。あれ?と思ったが「Thank you」と笑顔で答え、離れてもう一度数えてみると、やっぱり$190ある。さすがエンジェル久美子。ギャンブルする前から儲けたのである。




1999年10月12日(火) ブラックジャックで遊ぶ(Playing Blackjack)

 昨日は夜遅くまで遊んだので、今日は爆睡の日。とは言っても、午後2時半に起きるってのはちょっと寝すぎではないかい、久美子さん。
 今日も暑いので昼間はほとんど活動せず、じっと夜を待つ。日が沈み、ようやく気温が活動範囲内に下がったころ、まずは腹ごしらえ、とサハラというカジノのビュッフェへ。
 ラスベガスにはビュッフェスタイルのレストランが多い。決まった料金を払い、あとは食べ放題。しかも、内容のわりに安い。サハラのビュッフェは、夜でも一人6ドルで、肉から魚から、デザートまである。二人とも元をとろうと、胃袋がはちきれんばかりに食べた。
 さあ、今日はいよいよ勝負、とジェットコースターに乗ったニューヨークニューヨークのカジノへ。ふんぱつし、100ドルを5ドルチップ20枚と交換。緊張しながらブラックジャックのテーブルに座った。ブラックジャックのルールはご存知かと思うが、手札を21に近づける単純なゲームだ。驚いたのは、ディーラーは自分の判断でカードを引くことが許されていなく、16以下なら引き、17以上ならステイする、というルールになっていることだ。もっと賭け金の高いテーブルなら別かもしれないが、私が座る最低5ドルのテーブルはどこもそうだ。
 20枚チップはあるが、当然賭けるのはちびちびと一回一枚。一時はプラス25ドルまで行ったがその後マイナス40ドルまで落ち込み、最終的にはマイナス10ドルまで持ちなおした。この中には飲物を持ってきてくれたお姉さんやディーラーに支払うチップが含まれているので、ただのビールを飲んで2時間ほど遊んだと思えば安いものだ。本場のカジノの雰囲気も味わえたし。
 ブラックジャックは勝つ確立が半々くらいなので、手軽に遊べる。なのに、小市民な日本人観光客の多く、特に女性は大人しくスロットマシンばかりやっている。せっかくラスベガスに来たのだから、テーブルゲームをしなければ意味が無いと思うのだが。
 それにしてもラスベガスは現代のアメリカそのものを象徴していると思った。砂漠の中に唐突と現れるネオンの都市。舞うドル札。大自然を切り開いて街をつくり、世界でもっとも強い国にのし上がったアメリカと、それにあやかろうと世界中から集まった人々の構図に似ている。奇をてらったホテルやカジノはすぐに飽きられるが、心配することは無い。ここラスベガスでは元をとるのに大して時間がかかりそうに無いし、新しいホテルは次々と建設中だ。欲とハッタリで塗り固めた虚構の城は、しばらくは輝きを失いそうにない。

本日の走行距離   57.9キロ(計7547.8キロ)

出費          52.88$ フィルム現像代(カード)
              3.59$ 小包用のダンボール
             12.85$ 夕食(ビュッフェ、カード)
              5.02$ ジュース、パン
                20$ テレホンカード
                10$ ブラックジャックの負け
計          104.34$

宿泊        Econolodge

「久美子の言わせて!」
ギャンブル楽しい。スロットが回る。コインが出てくる。わーい!
ラスベガスに来たんだから、やっぱりカジノであそばにゃと二人で繰り出した。奴はブラックジャック私は5¢のスロット。$10を5¢にチェンジし200枚になった。だけどかなりの重さ。ちょっぴりリッチになった気がする。スロット開始。なかなかあたらない。しばらくすると隣に日本人の女の子二人組み登場。「やっぱさぁ小銭って邪魔じゃん。使っちゃおうよぉ。持って帰ってもしょうがないしねー」といかにもあほっぽい。「これってどうやんのかなぁ」と私に聞きたい様子。しるか!となかなか当たりの来ない私はしらんぷりして続けていたが、あほはちらちらこちらをのぞく。するともう一人の子が50枚位当たったらしく。ふふんと誇らしげに去って行った。かなり頭に来たが、ちょうどそのとき当たりもきた。みるみるうちにコインが増え、最終的に600枚になった。換金すると$30だけど、沢山遊んで十分楽しめたからいいのだ。



1999年10月13日(水)  引き続きギャンブル(Keep on gambling)

 ソルトレイクシティの手前で知り合ったアメリカ人のBMW乗りエリックと、金曜の夜にデスバレーで落ち合うこととなったので、あと二日ラスベガスにいなければならない。今日も昼過ぎまで寝て、夕方から活動開始。
 また「サハラ」のビュッフェで夕食を食べ、カジノをぶらつく。サハラのカジノでは1ドルのブラックジャックのテーブルを見つけた。黒人のディーラー相手に、10ドルほど儲けた。
 その後、海賊ショーを見た「トレジャーアイランド」のカジノへ場所を移動するが、ここでは25ドル負けた。サハラへ戻り挽回を図るが、さらに20ドル負けた。つくづく自分には博才が無いと思った。一山当てるには道は険しい。

本日の走行距離   34.4キロ(計7582.2キロ)

出費           8.02$ ガス
             12.85$ 夕食(ビュッフェ、カード)
                35$ ブラックジャックの負け
             65.30$ モーテル二泊分(カード)
計          121.17$

宿泊        Econolodge



1999年10月14日(木) フリーモントストリート・エクスペリエンス(Fremont Street Experience)

 今日は日本へ送る小包を出しに郵便局へ行ったあと、日本語の観光案内に載っていたラーメン屋へ食事に。久美子はスタミナラーメン、私はほっけの定食を食べた。これが涙もののうまさ。ジーンときてしまった。ゴルゴ13の単行本や少年マガジン(かなり古いが)などが置いてあって、気分はもう日本のラーメン屋。ああ、やはり日本人なのね。
 その後はフリーモントストリート・エクスペリエンスへ。これはモールの上を覆っている全長300メートルほどのアーケードそのものがスクリーンとなり、一時間に一回、5分程度の音と映像のショーを見せるものだ。当然、お代はタダ。映像を映し出す電光板の粒子が粗く、画像そのものはあんまりキレイでは無いのだが、スクリーンの端から端まで飛行機が猛スピードで飛んだりして、結構迫力がある。意外と楽しめた。
 ショーを見終わったあとは、モールの中にある小規模のカジノを見て回る。とあるカジノの前へ行くと、無料でスロットに一回挑戦できるサービスを行っているという。列に並んでスロットを回すと、残念ながら当たりはしなかった。誘導していたお姉さんが、今度はこっちよ、といって別のスロットの前に案内した。そしたら、20ドルをコインに換えろという。他の客も当たり前のように20ドルをコインに換えてスロットを興奮気味に回しており、その迫力に押されて私もやってしまった。今にして思えば、やめれば良かった。結局20ドルすってしまった。頭に来た。
 その後は久美子が噴水のショーがまた見たいというので、ベラージオというホテルへ。ここは前庭にある池に、電気制御で噴き出しの角度や量が変わる噴水が無数に配置されており、15分置きに音楽に合わせて光と水のショーを繰り広げる。2回ショーを見て、またサハラのカジノへ行き、ブラックジャックで2ドル儲けた。金は一応あるのだから、ドーンと賭けて勝ったら儲けで、負けたらそれ以上の額で勝つまでやれば儲かるという理屈は分かるのだが、一回1ドルのテーブルでやってしまうと、たまに2枚賭けただけで緊張してしまう。こんな人にはきっと運は向かないのね。
 明日は6日いたラスベガスに別れを告げ、デスバレーへ向かう。
 
本日の走行距離   42.4キロ(計7624.6キロ)

出費          47.78$ 小包郵送代(カード)
                17$ 夕食(日本食、久美子)
                18$ ギャンブルの負け
              4.95$ パン、ジュース
計           87.73$

宿泊        Econolodge

「久美子の言わせて!」
カジノでの遊びを終えモーテルへと帰る途中、前方にのろのろ運転の車発見!奴は気づかず後ろを走る。どうやら運転手は外人のおじいちゃんみたい。もう歳だからしょうがないか、と思っていだがその直後、おじいちゃんは『ADULT MOVIE MOTEL』という看板のかかったモーテルへのろのろ入っていったのだ。まだまだ元気だねぇ。そんなとこ行くんだったら、さっさと入ったほうが恥ずかしくないだろうと思うんだけどなぁ。そんなもんか。