旅の日記

アメリカ・デスバレー〜ヨセミテ編(1999年10月15〜19日)

1999年10月15日(金) エリックと再会(Meeting Eric again)

 今日はラスベガスを後にする。この6日間は存分に楽しんだが、きらびやかなネオンと喧騒に疲れて来たころだ。博才が無いのも分かったし、ちょうどよい潮時。
 ラスベガスから95号線を北へ。今日の目的地はデスバレーの東の玄関口、ベティという町だ。ここのバーローインというモーテルで今夜、BMW乗りのエリックと落ち合う予定だ。ネバダ州の北部でトラックのメカニックをやっている彼は月曜日に休暇を取り、土曜から3日間デスバレーを一緒に回る予定だ。ベティへはバイクでなくピックアップで来ると言っているので、クーラーの効いた車で暑いデスバレー観光ができる。タイヤも減らないし、一石二鳥。オフロード走行も期待したいが、エリックは190センチ、110キロ、銃を携帯している割には「大都会は怖い」などどいう、基本的にはビビリなので、未舗装路に踏む込むかどうか。
 夜10時ごろ、部屋の前でクラクションが。お、エリックだ。あいかわらずデカイ。エリックが腹ペコだというので、モーテルのレストランにつきあう。コーヒーを飲みながら、別れた後の事を説明するのだった。エリックは朝はやくから仕事でお疲れの様子なので、早めに解散。楽しみ(?)は明日から。

本日の走行距離  191.7キロ(計7816.3キロ)

出費          12.55$ 夕食、ビール(スーパー)
計           12.55$

宿泊          Burro Inn
   
「久美子の言わせて!」
久しぶりにハイウェイを走った。風がびゅうーとバイクを横に押す。一瞬ひやっとする。また元に戻る。その繰り返し。大きいトラックとすれ違うと数秒後にごおぅーと風が押してくる。倒れそうで倒れないっていうのは分かっているんだけど…。こわいよー。
今日は風が強かったのでよろよろ運転。またもや奴は運転しながら妙な動き!ラジオ体操第1の「腕を大きく右から左に回して上半身の運動!」みたいにぐるぐる回っている。お正月の獅子舞ともいえる。またまたおもしろいが、危ないだろう!心配でねむれん。

エリックとの再会、とりあえず1日目終了。なんとか部屋に帰してもらった。づがれだ〜。おっさんは「ピストル持ってきたから沢山撃ちな!」と恐ろしい発言。まだまだ油断してはいかん。秘密捜査員DAA(デビル アンド エンジェル)の久美子はそう思うのだった。
月曜日までおっさんと一緒なんだよなぁ大変!!おっさんビール飲まないんだもん。つまんない。なんか昔やったらしい。なにかなぁ?こわいこわい。引き続き捜査が必要だ。




1999年10月16日(土) 灼熱の谷へ(The Death Valley) 

 昨晩は驚いた。寝ていると、ドカンという音がして部屋が激しく揺れ始めた。まさか地震か?と思ったが、そういえばエリックがこの近くに軍の秘密基地があると言っていたので、何か秘密の爆弾の実験か?とも思った。しばらくするとおさまったので、そのまま寝ることにした。エリックの寝ている隣の部屋からも、揺れがあった直後は動きまわる音が聞こえたが、しばらくしてまたいびきが聞こえ始めた。
 朝起きてテレビをつけると、やはり地震だという。我々のいるすぐ近くが震源地で、マグニチュードは7.3だという。おいおい、関東大震災クラスでないの。ロス大震災の再現か?とも思ったが、幸い停電程度の被害で負傷者はいないらしい。昨日ちょうどエリックと地震について話したばかりで、彼は経験が無いと言っていた。その夜に初めての地震を経験するなんて。
 地震の話をしながら朝食をモーテルのレストランで食べる。昨夜のコーヒー代をおごってもらったので朝食は払わせてくれと言ったら、じゃあ夕食は俺が持つ、とエリックが言う。これぞ名づけて皮を切らせて骨を断つ作戦。まあエリックは40歳越えて独身だし、可処分所得が多そうなので、ごちそうになることとしましょう。
 朝食の後はエリックのピックアップでデスバレーへ。5.7リッターエンジンを積んだトラックは、70マイル出しても止っているような安定感。シートベルトなんかしたことない、というエリックの気持ちが分かるような気がします。
 ベティの町から峠を越え、谷をグングン下って行く。着いた先は、スコッティという億万長者が住んでいた豪邸へ。エアコンが効いた車内では外の気温が分からず、きっと外はクソ暑いんだろうと思って車を出たら、風が強くて涼しかった。夏は50度越えるのもザラと聞いて期待していたが、肩すかしだ。
 豪邸を見た後はインフォメーションセンターでデスバレーを紹介する映画を見て、ダンテズビューという谷を一望できる展望台へ。ここから見ると、南北に長〜い「死の谷」がよく見渡せる。眼下には真っ白い塩湖が広がっており、まさにこの星の景色では無い。映画「猿の惑星」の冒頭、主人公が異星だと思ってさまよう荒涼とした土地に似ている。
 標高1669メートルのダンテズビューから再び谷を一気に下り、海抜マイナス86メートルのバッドウォーターという塩湖へ。ここは西半球で一番低いところらしい。ここだとさすがに暑い。といっても30度少しくらいだったが。
 その後は久美子のリクエストで「悪魔のゴルフ場」へ。ここは塩の結晶が隆起し、激しい凹凸を地表に造り出している。ここで久美子はスイングのポーズ。分かりやすいヤツだ。この時点で午後4時前だったので、今日の活動はここまで。町へ戻ることに。
 シャワーを浴びて一休みしたあと、エリックにゴチになりに。連れて行ってもらった先は、結構高級そうな町のレストラン。二人そろってステーキをごちそうになった。ただし、昔有名なドラマーだったという初老のウェイターが一人で切り盛りしていて手が回らず、肉は冷めて硬くなったから出てきたのが残念だった。ガソリン代は持たせてくれと言ったが、ガソリンは会社持ちなので気にするなとエリックは言う。私が旅を終えるころ日本に遊びにいくと言うので、その時にごちそうする約束をしたのだった。明日も引き続きエリックと過ごす。
 
本日の走行距離   0キロ(計7816.3キロ)
           
エリックのピックアップで約250キロ

出費          14.30$ 朝食(カード)
              2.50$ ジュース
              1.09$ ジュース
計           17.89$

宿泊         Burro Inn

「久美子の言わせて!」
エリックの車で公園を観光。エアコンが効いてて、背もたれがあって、まったりとした音楽。これで寝ちゃダメ!といわれてもねぇ。やっぱりねむねむ大魔王参上。寝ちった。エリック、カズ、私の順番で横一列に座っていて、しかも帽子とサングラスをかけていたのでばれてないかと思っていたが、バレバレだったらしい。念願の『Devil’s Golf Course』(悪魔のゴルフ場)に行き悪魔になってきた。以前ザイオン国立公園では『エンジェルス・ランディング』(天使の舞い降りるところ)で天使になったのでこれでちょうどいい。今日は朝から疲れていたようで、なぜか車に乗ると子どものようにすぐ寝てしまう。目的地に着くと「わーい」といって写真を撮り、そして移動中はまた寝る。カズは「ツアーバスじゃないんだよ。エリックはタクシーの運転手か!やっぱりデビルだ!」という。けっけっけ。デビルで結構!



1999年10月17日(日) 砂丘とゴーストタウン(Dunes and the ghosttown) 

 今朝も早くからデスバレーに下る。昨日と違い風がなく気持ちが良いので、パナミントスプリングという所で日向ぼっこをする。
 その後は久美子のリクエストで砂丘へ。車を道端へ止め、砂の丘を登って行く。サハラみたいのを期待していたが、けっこう植物が多く生えていた。久美子がちょっと写真を撮って来る、と言って私とエリックを置いて奥の方へ歩き出した。普通は二人が待っているので早く帰ってきそうなものだが、彼女は豆粒に見えるくらい遠くまで行き、30分くらい帰ってこなかった。エリックは「いやあ、遠くまでいったなあ」と笑っていたが、喉が乾いて仕方ないらしくコーラをガブ飲みしていた。もうちょっと気を使えよ、連れてきてもらったんだから。
 砂丘の後はエリックおすすめのゴーストタウンへ。ここは1900年代初頭に金鉱の町として栄え、一時は列車がラスベガスから来ていたほどだったが、1910年代後半に夢破れた人たちは町を去って廃墟と化したそうだ。
 残っているのは駅舎、商店の廃墟、そしてビンで作られた家。この家は当時76歳の老人が3万本のビンを町の酒場から集め、モルタルで固めて建てたそうだ。ビンを密閉することで壁に空気の層を作り、夏涼しく冬暖かい、当時としては大変画期的な家だったそうだ。家を見ていると、隣に停めてあったキャンピングカーから老人が出てきて家の説明を始めた。彼はボランティアで、毎年この時期に3ヵ月ほどここに滞在して家の説明をしているらしい。昔は軍艦乗りだったそうで、横須賀と神戸に行ったことがあるという。エリックが私たちの旅のことを老人に話すと、老人はある時ここを訪れたアルゼンチン出身の旅人の話をした。その旅人はフォークランド紛争の際に徴兵から逃れるためアメリカに渡り、そこでバイクを買ってさまざまな仕事をしながら世界を夫婦で回ったという。彼の話が近々映画になるそうで、なんでも主演はトムクルーズだそうだ。私たちのことが映画化される際は、主演は永瀬かモックンがいいな。久美子役は瀬戸朝香か中山美穂がいいそうだ。
 最後はゴーストタウンのはずれの、ある美術家のアトリエへ。このベルギー人の美術家はアカデミー賞のオスカー像を作った人だそうで、なぜかこのゴーストタウンが気に入ったらしい。最近まで弟子を連れてこの地で創作活動にはげんでいたが、癌を患って本国に帰ったらしい。彼がここに戻ることはないだろう、と老人は言っていた。アトリエの敷地内には不思議なオブジェが散在しており、中でも目を引くのはグラスファイバー製のお化けの像。エリックと三人で写真を撮った。
 町へ戻ると、エリックがバイクをピックアップに積もうという。明日エリックは家に帰らなければならないので、ヨセミテまでの約400キロ一緒にいこうというのだ。これはガソリンもタイヤも減らないので嬉しい。ただ重いDRが果たして無事に載るか?とちょっと心配。するとエリックはどこかから見つけてきた細い木の板を荷台にかけ、DRを押してなんなく載せてしまった。そして手際よくタイダウンで固定。いつもBMWを運ぶ際にやっているそうだ。
 夕食はまたエリックにごちそうになる。いい人だ。明日はヨセミテ国立公園を2年ぶりに訪れる。
 
本日の走行距離   0キロ(計7816.3キロ)
           
エリックのピックアップで約200キロ

出費          15.37$ 朝食(カード)
              0.75$ ミネラルウォーター
              9.50$ ミルクシェーク(3人分)
              2.00$ コインランドリー
計           27.62$

宿泊         Burro Inn

「久美子の言わせて!」
今日もエリックの車の中で熟睡。デビルは一人で砂丘を探検。ペットボトルの水を持って、てくてく歩く。エリックは話し相手を残してきたので多少遅くなっても怒らないだろう、と思いどんどん進んだ。誰ともすれ違うことなくひとつずつ山を登っては降りを繰り返した。自分の足跡しか残っていないところまでいき引き返した。なんだかひろーい砂漠をさまよっているみたいでちょっとかっこいーとデビル満足!!帰ってきてからバイクを車の荷台に積んだ。カズに「おっさん夜中に逃げる気だ」というと「もしそうだったら自分で掘った穴に埋められちゃうみたいだ」と笑っていた。本当にそうならなければいいが・・・。



1999年10月18日(月) ヨセミテ国立公園ふたたび(Yosemite again)

 今日はエリックと別れる日。朝食を一緒に食べ、モーテルをチェックアウト。DRを載せたまま、三人でピックアップトラックに乗りこむ。エリックの家はネバダ北部。今日中に帰らなくてはならないが、ヨセミテの東側の町リーバイニングまでの約400キロを乗せていってくれるという。リアのチンシンタイヤがロスまで持つか心配だったので、大変助かる。
 車の中ではエリックと世間話をしていたが、久美子はあいかわらず寝ていた。山間の道を4時間ほど走り、午後2時ごろリーバイニングに到着。載せたときと同様、手際よくエリックがDRを荷台から降ろしてくれた。エリックにお礼を言い、手を振って見送る。彼は本当に日本にくるだろうか。
 リーバイニングの町でモーテルをあたるが、どこも観光地のすぐ近くとあって相場が高い。まだ日も高いので、ヨセミテの中心地、バレービレッジまで行ってみる事に。
 バレービレッジへは約100キロの道のり。バイクに乗るのが久しぶりな気がする。途中のタイオガ峠に公園の東口ゲートがあり、ここで高度9945フィート(2984メートル)を記録。惜しい、3000メートルまで届かず。しかし十分に寒い。草木は紅葉し、山々の頂には白い雪が。幸い天気が良かったのでこの道が通れたが、例年10月中旬頃から積雪のため通行止めになるらしい。
 ゲートを抜けると、予想よりかなり早くタンクがリザーブになった。登りが続いたせいか、このままではビレッジまでガソリンがギリギリだ。ずっと下り坂なので、クラッチを切ったまま惰性で進む。最長で5キロほどクラッチを繋がなかった。幸いビレッジの手前でガソリンスタンドがあったので燃料補給。
 そして2年ぶりにバレービレッジに到着。おお、何も変わっていない。ハーフドームもエルキャピタンも、相変わらず雄大ですなあ。まずはインフォメーションセンターへ行って今夜の宿探し。すると、キャンプ場に空きがあるとの看板が。さすがにこの時期になると、人気の高いヨセミテといえど人が少ないらしい。最低気温は4度らしいが、今夜は初キャンプに決定。
 空いているキャンプサイトにテントを張り、買い出しへ。荷物を減らすため炊事道具を持っていないので、こういう時に不便だ。薪を買って焚き火を起こし、缶詰のスープを温めて食べた。寒いので安物のブランデーを買い、飲んで温まる。しかし、こうしていると北海道を思い出すなあ。やはりツーリングの原点はキャンプだ。

本日の走行距離   138.9キロ(計7955.2キロ)
           
+エリックのピックアップで約400キロ

出費         114.45$ モーテル3泊分(カード)
              8.91$ ガス(カード)
              7.60$ 薪、着火剤
             10.46$ 夕食、ブランデー
計          141.42$

宿泊         Upper Pines Camp Area




1999年10月19日(火) 大木の森を歩く(The giant trees)

 ヨセミテには2年前に来ているので、大体の見所は観光済みだ。今回は久美子のリクエストでマリポサグローブへ。ここはセコイアという巨木が密生する森、中でも最大はグリズリージャイアントと呼ばれる木で樹齢は2700年、根元の周囲29メートルもある。太い枝の直径も2メートルあり、そこら辺の木より太い。
 まずは駐車場にバイクを置いてグリズリージャイアントを見る。いやあ、いつ見てもデカイなあ。残念なのは写真を撮っても比較対象物がないので、どれほどデカイか分からないことだ。前回はここで引き返したので、今回はさらに奥へ。
 静かな森を歩くと、あるわあるわ、デカイ木が。太さではグリズリージャイアントに及ばないものの、さらに高い木はけっこうある。中には途中から二本に分かれた木や、トンネル状に根元に穴が開き、歩いてくぐれる木もある。結局2時間ほど森の中を歩いた。
 マリポサグローブの後はグレイシャーポイントへ。ここはヨセミテ谷を一望できる展望台で、あまりの景色の良さに前回はフィルム一本写真を撮った。今回は到着したのが夕方だったので、ハーフドームと言われる岩山は夕陽を浴びてきれいだったが、谷底は影になっていた。でも眺めは相変わらず素晴らしかった。
 夜は再びキャンプ。また焚き火を起こし、空き缶に水を入れて湯を沸かし、カップラーメンを食べる。ただのカップヌードルも、こうして食べるとおいしいなあ。寒さをしのぐためブランデーをぐびぐび飲む。久美子も瓶からラッパ飲み。
 満腹になった後は、イエローストーンで出会ったジェフというおじさんの家に電話をかける。彼はヨセミテの北東200キロほどのカーソンシティに住んでおり、近くまで来ることがあればうちに来なさい、と言っていた。覚えているか若干心配したが、電話してみると会いたいのですぐ来いと言う。とりあえずあさって行くと伝えた。やった!これで宿代が浮くぞ!

本日の走行距離   174キロ(計8129.2キロ)

出費             30$ キャンプ場2泊分(カード)
              6.44$ 朝食(ホットドッグ、ホットチョコレート)
              1.79$ 水、飴
              7.76$ 夕食買い出し
計           45.99$

宿泊         Upper Pines Camp Area