旅の日記(番外編)

韓国・水原編その2(2003年3月28日)

韓国版ディズニーランドは、微妙なところだった

 3月28日。僕とチカさんは宗野さんの車で水原の駅まで送ってもらったあと、大量の荷物をコインロッカーに詰め込んで、一台のバスに乗った。
 向かった先は「エバーランド」。韓国版ディズニーランドと称される、朝鮮半島最大のテーマパークである。
 バスが発車する瞬間まで、宗野さんは手を振って見送ってくれた。さらば愛の戦士、いつまでもお幸せに。今度は日本で会えるかな?

 さて、僕たちが世界遺産の城ではなく、この遊園地を選んだのは、2人とも世界遺産という名のつく場所をさんざん見てきて、最後の最後でまた観光でもないだろう、ということ。それよりも韓国版ディズニーランドというのはどんなところなのか、そちらの方が気になる。
 だいぶ昔のことだけど、実は僕の新婚旅行はロサンゼルスのテーマパーク巡りだったのだ。ディズニーランドでは「スプラッシュ・マウンテン」、ユニバーサルスタジオでは「ジェラシック・パーク」、つまり水系のアトラクションが大好きな31歳。さすがに一人で旅行している間は空しすぎるので行かなかったけど・・・。

 幸い、その日は青空が広がり、絶好のテーマパーク日和になった。
 田園風景を走るバスは、小一時間経っても目的地に着かない。最寄の水原駅からでも遠いのだ。
 期待を胸にしながらも、僕たちはウトウトとしていた。昨夜、遅くまで宗野さんと話をしていたし、車内は春の到来を告げる暖かさである。おぼろげな意識の中、そろそろ着くかな、と思い始めたころ、鼻をつく刺激臭に僕は一気に覚醒した。
 「ぬおっ!このニオイはまさか!」

 僕は足元を見た。すると、黄色い液体が床の上を流れてきて、下に置いてあった僕のデイパックを濡らしている。サラサラとしてはいるが、間違いない。こりゃ、ゲロじゃないか!!
 それは後部座席から流れてきていた。しかし、振り返っても乗客はほとんど姿を消しており、女の子が2人、何食わぬ顔で座っているだけだ。犯人はもう降りてしまったらしい。

 エバーランドの駐車場に着いて僕がまずしたことは、トイレに駆け込んでデイパックを洗うことだった。これから夢と幻想の国に行こうというのに、ゲロの処理というのは超現実的な作業で気分を萎えさせる。
 幸い水っぽいゲロなので洗いやすかったが、だからこそ、はるか離れた席から春の小川のようにサラサラと流れてきたという噂もある。

 さて、気分をとりなおして入場する。アトラクション乗り放題で2800円という金額は、韓国の物価を考えたら妥当というところか。
 入場券を買うブースで、すでに「おやっ?」と思った。そしてゲートをくぐり、噴水を中心にキャラクターグッズの店なんかが並んでいるのを見て、「むむっ!」と思った。
 こりゃ、完全にディズニーランドを意識した作りじゃないか!

 「テーマパーク」の定義は、その名のとおり、一つのテーマを持った遊園地であることだと思う。ディズニーランドはウォルト・ディズニーのキャラクターを中心として夢の世界を演出するのがテーマだし、ユニバーサル・スタジオは映画の世界、ハウステンボスはオランダ、志摩スペイン村はスペインの雰囲気がテーマだ。
 それからいうと昔ながらのオーソドックスな遊園地、たとえば豊島園なんかはテーマパークとは呼べないのかもしれない。

 で、このエバーランドはどうなのかというと、表向きのテーマはよく分からないが、その代わりにヒシヒシと伝わってくるものがある。それは、「ディズニーランドに似せたい!!もっとパクリたい!!訴えられない程度に・・・」ということ。
 これもある意味、立派なテーマなんじゃないかな?

 しかし元祖と、それを模倣する者の差は大きい。
 例えるなら浜崎あゆみとコギャル系の女子高生や、矢沢永吉と「E.YAZAWA」の大きいステッカーを車のリアウインドウに貼って疾走するヤンキーである。
 つまり、本物には決して見られないチープさが出てしまうのだ。

 本物のディズニーランドは「夢の国」を演出するため、徹底した行動に出ている。
 たとえば、園内からは外部の建物が一切見えないように工夫してある。遊んでいる時に隣のオフィスビルが見えてしまったら興冷めするからだ。また、近くで霊園の建設構想があったらしいが、ムリヤリに中止させたという噂も聞く。線香の臭いが風にのってくるだけで雰囲気が壊れてしまうからだ。
 最近では浦安駅前の動物愛護団体による署名運動に圧力を加えた、というニュースが記憶に新しい。
 見えないところでそれだけやっているのだから、見えるところではもっと気を使っている、ということはいうまでも無い。

 さて、エバーランドである。
 入場すると、ミッキーマウスやプーさんよろしく動物系のキャラクターが迎えてくれるのだが、それが全く可愛くない。大体、目がイッているではないか。漫画で描く、狂っている人の目だ。
 可愛くないのは外見だけでなく、チカさんが並んで写真を撮ってもらったのだが、このキャラクターは自分の義務を果たしたあと、電光石火の勢いで韓国人の女の子にちょっかいを出しに行っていた・・・。
 後に園内の大通りでパレードを見たのだが、やはりディズニーランドを大きく意識したもので、バースデーケーキの形をした大きな乗り物にキャラクターが乗って手を振ったりするのだが、どれを見ても可愛くない。みんなビミョ〜な感じなのだ。

 ただ、生身のスタッフには教育が行き届いていた。ポップコーン売りのお姉ちゃんは屋台の前を通りかかるだけで笑顔で手を振ってくるし、アトラクションの受付のお兄ちゃんも愛想よく話しかけてくる。
 そういったスタッフから、僕たちはよく中国人に間違えられた。ソウルにいた時は日本人とすぐにバレたのに、ここでは中国人である。俺たちの今日の服装、アカぬけてないのかな、なんて考えていたら、理由はやがて分かった。
 日本人はここに来ないのである。外国人といえば中国人とロシア人を見かけるくらい。やはり自国にディズニーランドやユニバーサルスタジオがあるのに、韓国に来てまでテーマパーク、それもソウルから離れたエバーランドまで来る日本人というのは少数派なのだ。だから、スタッフたちも自分と同じ顔つきをしているが、微妙に雰囲気が違う我々を見ると自動的に中国人と思ってしまうらしい。

 アトラクションはピンキリで、キリの方はペンキで色づけされた電球がピカピカ光る回転系の乗り物なんかで哀愁を感じさせるが、ピンの方はなかなかイケていたと思う。「ワシの要塞」という吊り下げ型ジェットコースターなど、かなりスリリングだった。
 しかし、なんといっても一番感動したのはサファリパークである。そう、エバーランドにはサファリパークもあって、バスに乗って窓越しに動物を見るわけだが、ディズニーランドでいえばジャングルクルーズの本物版、と言ったところか。
 しかもこのサファリ、テーマパークの一部だと思ってナメてはいけない。なんと世界で初めてライオンとトラの同居が実現しているところなのだ。

 バスに乗って厳重な二つのゲートをくぐると、そこはもう猛獣ゾーン。道の左右にトラがウロウロしているが、圧倒されたのはガラス窓のすぐ向こう、手の届く距離にある台に寝そべっているトラの大きさだった。体長2mは優にあり、そして首はテレビぐらいの太さがある。
 さらに進むと、ここでしか見られない光景が目に入った。ライオンとトラが肩を寄せ合ってゴロゴロしているのである。ライオンは首や肩がたくましいトラより、はるかに頭がデカかった。
 しかしこうしてみると、ライオンとトラというと永遠のライバルの感があって、両者が揃うとなると「血まみれの頂上決戦!哺乳類最強の栄冠はどちらの頭上に!?」なんてタイトルを考えてしまうのだが、実際、どっちも結局はネコなんだなあ・・・。
 なんか、両者の喉のあたりをゴロゴロしてあげたくなったが、本当にやったら僕の喉が噛み切られそうだな・・・。
 サファリの後半はクマがたくさん出てきて、バスの運転手が投げるクッキーを器用に口でキャッチするのだが、ライオンとトラの夢の競演のあとだと、さすがに色あせて見えてしまった。

 さて、水原から釜山へ向かう夜行列車は、午後11時過ぎに出発する。それまで時間があるので閉園時間までエバーランドで過ごしたが、日が落ちてからの冷え込みが厳しくて夜はあまりアトラクションに乗ることができなかった。
 そして再びバスに乗って水原の駅へ。幸い、帰りの車内ではゲロを吐く者は居なかった。

 エバーランドのまとめ。数日しか韓国にいない人にはオススメしないけど、時間がある人は行ってみても決してソンはしないと思う。2800円のモトは絶対とれるし、「ディズニーランドになりたいけどなりきれない」微妙な空気や微妙なキャラクター、そしてライオンとトラのゴロニャンは一見の価値があります。
 また、夏はかなり規模の大きいプールがオープンするようで、流れるプールやスライダーなんかがたくさんあるようです。逆に真冬は簡単なスキー場もできるみたい。僕の行った時期が一番中途半端だったかもしれません・・・。

 遊び疲れた体で荷物を引きずり、僕たちは夜行の急行列車に乗り込んだ。
 列車はソウル発で、水原にはほんのちょっとしか止まらない。そのわずかな間に自分たちの車両を見つけ、予約した席まで行かなければならなかったが、金曜の夜の車内は混んでいて骨が折れた。
 さすがにインドのように、自分たちの席に先客がいて動こうとしない、なんてことはなかったが、僕たちの席は車両の一番後ろで、背中のすぐ後ろが壁なのだが、予約券の無い乗客はそんな隙間にまで入り込んで床に座ろうとしている。そして僕たちがリクライニングしようとすると、「狭い狭い!座席を戻せ!」と言うのだ。

 そんなこと言ったって、僕たちだって眠りたいし、週末は混むと聞いていたから宗野さんにちゃんと予約を取ってもらったのだ。
 僕たちのすぐ後ろにいたのは酔っ払いのオヤジと意地悪そうなおばさんだった。僕たちはかまわず席を倒した。酔っ払いのオヤジがまた何か言ってきたが、今度は別の席にいた若いサラリーマン風の男性がやってきて、酔っ払いを制してくれた。韓国は本当に親切な人が多いな・・・。
 そんなこんなで、韓国をナナメに縦断する急行列車は僕たちを乗せ、夜の帳の中をひた走って行くのだった。