旅の日記(番外編)

インド・鉄道の旅(2003年1月15日)

インドオカマの鼻ツマミ攻撃に勝利する

 ブッタガヤーに行こうと思った。約2500年前、釈迦が悟りを開いてブッダ(悟った者)となったという、仏教最大の聖地である。
 僕は別に仏教徒じゃないけど、仏教って実はクールかも、と思い始めている。「人間は動物より偉いのだ、エヘン」と威張っていないし、 「異教徒は敵だ!」って目を三角にしないし、カーストのような厳しい身分制度もない。なんか、ホッとするような雰囲気を仏教に感じるのは、やはり僕が日本人だからだろうか。
 それに、聖地というのはロマンがある。悠久の歴史を感じさせる。よし、ここはブッダガヤで俺も悟りを開くのだ!と、僕はカルカッタの外国人専用鉄道予約カウンターに向かったのだった。

 インドは鉄道網が発達しており、凸凹道をエッチラオッチラ進むバスや、割高な飛行機に比べ、バックパッカーにとってはグッと現実味のある移動手段なのだ。
 ただしブッタガヤーには線路は通っていなく、16キロ離れたガヤー駅からバスかオートリキシャ(3輪タクシー)で行かなくてはならない。僕が予約したのは、午前9時25分カルカッタ/ハウラー駅発、午後3時40分ガヤー着、というものだった。

 しかし当日、張り切って駅に行くと、列車はなんと3時間以上も遅れて午後12時40分に出るという。これが日本ならエライことだ。昔、筋肉少女帯の歌に「日本インド化計画」というのがあったが、本当にそうなったら大槻ケンヂはどうやって責任を取るつもりなのだろう、と僕はコメカミをピクピクさせた。
 しかし、こんなことで動じてはいけない。ここはインド、なんたって肛門の感触で一日がはじまる国なのだ。僕はホームに腰をおろし、はるか線路の先を見ながら思った。俺は世界一周ライダー、百戦錬磨の旅のツワモノではないか。こんなこと、屁でもないのだ。

 その時だった。背中にポタッという、嫌な感触が走った。
 まさか、と思って見上げると、天井でハトが「クルッポー♪」と人を小馬鹿にしたように鳴いている。そしてユニクロ横須賀店の年末セールで、ウメさんとYOGGYと一緒に買った1280円のリバーシブル・フリースには、べったりと糞がついていた。くそ、しかもお気に入りのオレンジの側じゃないか!
 インド人にクスクス笑われる中、ティッシュでフリースを拭く僕のコメカミはまたしてもピクピクしていた。しかし僕はクールを装う。この俺様は、こんなことでも動じないのだ。

 また糞を落とされてはたまらないので、僕はメインのホールに移動した。人が多いので、さっきは敬遠していたのだ。
 すると突然、ガシャーン!という音が構内に響いた。なんだなんだ、とそっちを向くと、まわりのインド人は床に散らばったガラスの破片と、高さ20メートルはある天井とを交互に見ている。なるほど、天窓のガラスが落ちて割れたらしい。
 って、何がなるほどじゃーい!下に人がいたら、どうするんだ!?
 これにはさすがの俺様も動揺した。インドの駅は頭上に注意!なのだ。

 僕は最後に切符をもった人しか入れない、駅の2階にある待合室に避難した。そこのバルコニーからは黄色いタクシーで埋まった表の通りと、その向こうのフーグリー河にかかるハウラー橋が良く見えた。
 カルカッタには2日しかいなかった。だから離れる感慨は特にない。

 2381便プルヴァ・エキスプレスは穏やかな陽射しの中、ハウラー駅のホームを後にした。車内はけっこう空いている。
 僕の席はエアコンなし、普通寝台車にあった。とはいっても日中の旅なので、寝台の下にある椅子に座るのだ。この席は自分で選んだわけではない。予約カウンターの親父が「それしかない」とやる気なさそうに言ったのだ。
 窓は汚れているし、開けると風が冷たいので、僕は仕方なく沢野ひとしの「ワニ眼の朝走り」を読みながら列車に揺られることにした。

 席のすぐ横が通路だった。途中の駅で乗り降りする人や、トイレに行く人も通るが、それよりも「営業」の人の方がよく通る。チャイ(ミルクティー)売りは30秒に一度の割合で通過するし、雑誌売りもスナック売りも、電子銃からライターまで体中にぶらさげた「必殺何でも男」も通る。
 自分の不具や不遇を営業にくる人もいる。物乞いである。
 これがけっこう通る。ある者は一本しかない足で器用に跳ね、またある者は捻じ曲がった足を引きずって這い、格好の標的である僕の前に来てはアルミの椀を差し出してくるのだ。しかし可愛そうだが、いちいち恵んでいたらキリがない。僕はそれこそワニ眼になって、足を掴まれようが、裾を引っ張られそうが、無視を決め込んだ。

 一人の物乞いが諦めて立ち去り、いや、這い去り、しばらくした後だった。車両の向こうで言い争いと、バシバシ叩き合う音が聞こえた。通路から覗くと、さっきの物乞いと赤いサリーを着た女性が喧嘩をしている。しかし、えらい剣幕のその女性の声は、野太い。なんだありゃ?
 本に目を戻し、数ページ読み進んだところで、目の前に誰かが立つ気配がした。顔を上げると、さっきのサリー女である。しかし良く見ると体はゴツいし、喉仏は出ているし、しかも低い声で「ねえ、10ルピーちょうだい」というではないか。これはインド版オカマだ!

 しかし、それに動じて小銭をあげるほど僕はナイーヴではないのだ。百戦錬磨の僕は、何事もなかったかのように文庫本に目を戻した。
 だが、敵も相当のツワモノだった。彼女、いや彼は、場末のキャバレーのホステスが中小企業のハゲ親父に何かをねだるような言い方で「ねえ、ちょうだいったら」と言うと、事もあろうに、僕の鼻を指でつまんだのだ。
 これにはさすがの俺様も動じた。しかし、この人をナメきった態度は東欧のロマ族(ジプシー)を思い出させる。そういえば、彼らのルーツもインドにあるという。
 東欧で学んだこと、それはこういう輩は本気で相手にしない、ということだ。彼らは人を怒らせる術を知り尽くしていて、それで相手を手玉に取る。

 こうなったら我慢比べだ。僕は静かに口で息し、本を読みつづける。すると、今度は耳をつまんできた。側頭部に対してほぼ垂直に取りつけられた、僕の大切な耳をだ。そしてふたたび鼻。今度は長い。5秒、10秒、数えるだけなら短いが、人に鼻をつままれた10秒間は長い。
 やがて彼は「チッ」と舌打ちすると、諦めて立ち去った。こうして僕はインドオカマとの20秒デスマッチで時間切れ・判定勝ちを収めたのだ。

 そういえば、インドにはヒジュラという両性具有の人たちがいて、占いや祈祷なんかを司るらしい。彼ら/彼女らは人々から畏怖の念で見られているが、中には生まれつきの体でなくても、その道に進む人もいるらしい。僕の前に現れたのも、その一人なのだろうか?
 ちなみに、僕は最後にやってきた少年だけには小銭をあげた。なぜなら、彼は小さなワラぼうきで車内のゴミを掃除してくれたからだ。僕は恵みではなく、労働の対価して彼に1ルピー硬貨を渡したのだ。

 インドの鉄道の旅は刺激に満ちていた。
 日が落ち、目的地のガヤーに近づくにつれ、乗客は多くなった。ミャンマーから来たという、オレンジ色の袈裟を着た青年僧に話しかけられた。「ああ、ブッタガヤーが楽しみだなあ」
 そりゃ、僕と違って敬虔な仏教徒なんだからウキウキもするだろう。しかし、その本当の理由に僕が気づくのは次の日になってからだった。