無事ウラジオストクに着いたからって、のんびりしてはいられない。富山県に向かうフェリー、ミハエル・ショロホフ号は毎週月曜日に出航する。その前にいろいろと手続きが必要だろうから、僕は11日の朝、客船ターミナルの3階にある「ビジネス・インツアー・サービス」に向かった。
小梅&得政ペアは愛する僕のために(と勝手に解釈している)、極東情報を細かくメールしてくれた。それに、フェリーの乗船手続きをしてくれるこの代理店の事も書いてあったのだ。
客船ターミナルは人でごった返していた。入口には警官が立ち、荷物チェックまでして雰囲気が物々しい。なんか普通じゃないな、と思ったら、大きな横断幕が掲げられていた。
「APEC Investment Mart 2002」。APECって、環太平洋経済共同体・・・だっけ?投資?市場?
ターミナル全体を使った会場には環太平洋地域の国々や企業のブースが建ち並び、スーツ姿のビジネスマンが談笑している。どうやら「同じ海を囲む同士、投資しあって発展しましょ、グフフ。EUなんて目じゃありませんぜ、ウフフ」というイベントらしい。最初はロシアへの投資を促すのが目的だと思っていたが、カナダやオーストラリアのブースもあって、必ずしもそうではないらしい。
「ビジネス・インツアー・サービス」のオフィスに行ったが担当者がまだ来ていないというので、僕はそのイベント会場で時間をつぶした。
もちろん、わがニッポンのブースもあった。お金をかけて、結構立派である。(こういうところが日本らしい)
ロシアとの貿易高をパネルにして「こんなにお友達ですぜー」というのを静かに主張するとともに、通産大臣か何かのもっともらしい顔の写真の下に、「隣国ロシアはわが国にとって重要な・・・」などという、もっともらしいメッセージが貼りつけてあった。
その前ではカチッとしたスーツに身を包んで髪の毛を7:3に分け、銀縁メガネをかけた、僕と同じくらいの世代のお利口クンたちがロシア人を案内していた。きっと大使館関係か、日本から出張で来たお役人だろう。
ねえ、そこの君。こんな僕だけど養ってみない?一緒に住むと・・・ちょっと楽しいヨ!
悲しい光景も見られた。大きな敷地をとり、立派な展示のわりに閑古鳥が鳴いているブースがあると思ったら・・・ペルーじゃないか!
誰も見ていないモニターにはマチュピチュの映像が流れ、寒々とした空気の中、フォルクローレがむなしく流れていた。
これは僕が想像するに、「へへへ、ペルーさん。出展料、松・竹・梅とありますが、今回、おたくはガツンと勝負に出るべきです。ここいらで一発ドカン!と花火を打ち上げて、ペルーにガッポガッポ投資を持ち帰りましょう!」というイベント業者の言葉に、純粋な在ロシア・ペルー大使が「そっかなあ。じゃ、松コースでお願い!」とノッてしまった結果だろう。・・・本当か?
僕は新聞社の社員でありながら、演劇を興行するという仕事をしていた。宣伝のためのイベントの仕事もやった。だから人を集めようと思ってうまくいかない状況を見ると、本当にいたたまれない気持ちになってしまう。
記者発表会をやったのに取材陣が集まらない(→女優に嫌味を言われる)、チケット発売日なのに全体の8パーセントしか売れない(→女優に怒られる)、開幕したのに客が入らない(→女優にキレられる)、という経験をしているから、自分の身に置き換えてしまうのだ。
ああ、いたたまれない、いたたまれない、と「ビジネス・インツアー・サービス」に戻ると、英語が少し話せるキレーな担当者、ダイアナさんが戻っていた。
簡単な説明を受けるが、小梅&得政情報とまったく同じだ。16日の便に乗れなかったら一週間待つハメになるな、と内心心配していたが、無事に乗船できるらしい。航海は二晩かかり、18日の朝に富山県の伏木港に着くという。
説明を聞いていると、背後から話しかけられた。「今日、お着きになったんですか?」・・・むむむ、この言語は日本語ではないか!
振りかえると、ショートヘアーにジーンズ姿の日本人女性が立っていた。彼女はケイコさんといい、3週間前からこのオフィスにいるという。以前は伏木の方で同じような仕事をしていたが、ロシア人の旦那さんと結婚してこっちに住むことになったので、今度はこっち側で働くことになったのだ。
うおー、日本語が通じるなんて!列車の件もそうだが、俺は最近なんてツイているんだ。
とりあえず初日は乗船に必要な書類を作ってもらって終了。明日、税関に行って手続きをするというので、時間を決めて別れた。
その後、僕は市内のホテルを何軒かあたった。
虫が多いのを別にすれば民宿紹介所に問題はないが、そこでは外国人登録をしてくれないのだ。ウラジオストクでは長居することになるし、登録をしないまま街をウロウロするのは心配だ。自分でOVIR(外国人登録所)に行っても話にならないだろうし(自分でやることは可能だそうだが、それなりの語学力がいるらしい)、かといって全ておまかせの高級ホテルに泊まる金はない。イワケンたちはあるホテルの2階にあるビジネスセンターで無料で登録してくれると教えてくれたが、僕の場合は断られてしまった。
外国人登録ができて、なおかつ安いホテル・・・やっぱりそんなのない。
困った末、いつのまにか足は昨日のホテル「ウラジオストク」に向かっていた。あそこのフロントに確か「外国人登録費用は○○ルーブル」とか、書いてあったはずなのだ。泊まっていない人の分までしてくれないだろうか?と無理やりな考えを秘めて行ったら・・・何と、してくれることになった。
英語の話せるフロントのお姉さんは、一泊分を支払ったら来週の月曜日まで登録してくれると言った。そこでパスポートを見せると、「あら、登録ならしてあるじゃない」。
そう、僕のビザは有効期限いっぱいまでサンクトペテルブルグのあるホテルで登録されている。お姉さんはそれで問題ないというが、僕はイルクーツクの警官に「これは他の都市では通用しない」と言われている。本当にこの外国人登録の件は何とかしてほしい。人によって、言う事が全然違うのだ。
ある都市に着いたら72時間以内に登録する、というのがルールなので、警察の職務質問にあった場合、「俺は昨日着いたばかりだ。今から登録する」と突っぱねればいい、という理屈も成り立つが、最後の最後で面倒なことにはなりたくない。僕は16日の便で日本に帰りたいのだ。
僕は「それでも登録してくれ。登録済みのスタンプをくれ」とフロントのお姉さんに言った。すると彼女は肩をすぼめ、「サンクトで登録しているんだから半額でいいわ」と、謎の割引をしてくれた。
来週の月曜までホテル「ウラジオストク」に宿泊しているという嘘っぱちのスタンプをもらい、その費用787ルーブル(約3000円)。これだけ払っても民宿紹介所に居続ける方がよっぽど安いし、安心も買える。最後の保険料だと思って支払った。
というわけで僕は結局、月曜日の朝まで民宿紹介所の部屋に泊まることになったので、向こう5泊分をまとめて払い、一泊あたり500ルーブルにまけてもらった。
バイクは50ルーブル支払うことで、宿の一階にある韓国料理屋「コリアンハウス」の搬入口に入れさせてもらうことになった。ただし朝一番に店の前にバイクを出し、夜にまた入れる、という作業を毎日しなければならない。
こうして僕はウラジオストク滞在の体勢を整えたのだった。
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