翌朝。空は晴れあがったものの、風はあいかわらず傍若無人に吹き荒れていた。テントか車の中じゃなければ全く落ち着かない。せっかく湖に来ても、これじゃ何にもできないじゃないか。
とりあえず僕たちはその場から移動することにした。このままここにいても仕方がない。
すると、どこからともなく馬を連れた少年が登場。ちょうど「馬に乗りたい」と女性陣が言っていたので、移動する前に交代に乗らせてもらって、そこらへんを一周した。
少年は近くのゲルに住んでいるらしく、宿泊も可能らしい。とりあえず荷物をまとめ、山を越えて行ってみると、そこは谷あいに設けられた集落で風が弱かった。馬の手配も可能で、5、6人なら一緒に遠出ができるという。
僕たちは少年のゲルで昼食を食べながら、今日のプランを相談した。湖畔はどこに行っても風が強いし、かといって町に戻るのはもったいない。今日は大人しくここに泊まることにして、馬を借りて大草原を疾走しようではないか、ということで意見はまとまった。
そんなわけで、一眼レフを3台持ってきていてヒマさえあれば写真を撮りたいというモンゴリアン板垣をのぞき、あとの5人はその午後、乗馬をすることになった。
ここにおいてリーダーシップを発揮したのはチイ兄である。彼は日本の牧場で働いていたことがあり、馬の扱いには慣れているのだ。引率役としてモンゴル人のおじさんが一人やってきたが、基本的な馬の乗り方はチイ兄が全部教えてくれた。
実は、僕は本格的に馬に乗るのは初めてではない。今から約20年前、イギリスに住んでいたときにちょっとかじった事があるのだ。
イギリスで乗馬というと優雅な響きだが、僕にとっては一種のトラウマだ。被っていたヘルメットが落ちて馬の後ろ足に当たって暴走→落馬、蹄鉄を履いた馬に足を踏まれる、夏の乗馬キャンプに行かされてホームシックになる、など、いい思い出がない。
しかし鉄の馬を駆るもの、やっぱり本物の馬も乗れなきゃ。今日は20年ぶりのリベンジなのだ!
最初はちょっと緊張したが、僕の乗った黒い馬は従順で扱いやすかった。はじめて一人で馬に乗る他の3人も特に問題はなく、僕たちはモンゴル人のおじさんやチイ兄に連れられてトコトコと湖を目指した。2、3時間の遠出である。
溶岩が作り出した岩窟などを案内してもらいながら、僕たちは1時間ちょっとかけて約5キロ離れたホワイト・レイクに到着した。あいかわらず風は強く、空はふたたび雲に覆われていた。白人のグループがテントをたてていたが、思いきりつまんなそうな顔をしていた。無理もないけど・・・。
そこから引きかえしてゲルに帰る事になったが、僕の尻はすでに痛くなっていた。モンゴルの鞍は固い木で出来ていることが多いが、僕のはその上にたいしたクッションもなく、ショックはガンガンと僕の尾骨を突き上げる。早く帰ろうとして速足にすれば、僕自身も膝を使い、馬の背の上下に合わせて体を動かさなくてはならない。普段運動をしていない僕には、これがけっこう辛いのだ。
尻は痛いし、膝は笑うし、風は冷たいし、空は暗くなってくるし・・・と思っていたら、とうとう白いものが空から落ちてきた。本年度の初雪、8月27日。8月だぞ、8月!
もうこうなったら一気に帰ってしまおう!と、僕は駆け足に挑戦した。あの競走馬のような、ドドドッ、ドドドッてヤツである。イギリスでは馬に乗ってトコトコとそこらへんを歩く程度だったので、本格的な駆け足というのは初めてなのだ。
すると、おお!ちょっと怖いけど疾走感がたまらない。これぞ乗馬の醍醐味、俺は今、馬に乗ってモンゴルの大草原を突っ走っているのだ!
しかし、駆け足もやはり膝を使い、体を起こしていないと馬の背に弾かれてしまう。一回につき距離にして100〜200メートルも走れればいい方で、それ以上は僕の膝が持たない。休憩をはさみながら、少しずつ走ってゲルを目指した。
何回目かの駆け足のときだった。僕の馬と進之介の馬が並んでしまった。すると、どうだろう。馬同士は対抗意識をムキ出しにし、乗り手の意志を無視してどんどん加速していくではないか!
まるで天皇賞、最終コーナーからの立ち上がりである。しかし、そんな呑気なことは言っていられない。ここまで乗ってきて膝はガクガク、馬が疲れる前にこっちが落ちてしまうのだ。僕たちはお互いの馬の進む方向をそらせ、手綱を必死に引っ張って馬を止めた。あー、ほんと落馬するかと思った・・・。
その後も馬は興奮気味で、普通に「進め」とカカトで腹を蹴っても、その瞬間から走り出すようになってしまった。鉄の馬と違って、本物の馬は感情を持っているから難しい。だけど、そんなところがまた面白いのだろう。
2時間半の乗馬を終え、無事にゲルに戻ったとき、雪は大粒になってボタボタと落ちていた。幸い夕方には止んだが、その夜はさすがに冷え込んだ。
テントよりは暖かいだろうと思っていたが、泊まったゲルは夏仕様のままで、壁の下の開いている部分から冷風が吹き込む。僕はじゃんけんに勝ってベッドにありつけたのだが、それでも背中がシンシンと冷え、今回のツアーの中で一番眠れなかった。
湖畔での穏やかなキャンプ・ツアーのはずが、いつのまにか乗馬&耐寒訓練。天候だけは本当にどうしようもない。
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