朝食を食べたあと、部屋に荷物を置いたまま、目の前にあるリラの僧院を見に行った。
僧院は上から見ると4角形をしている。僧侶のための房が並んだ4階建ての建物が中庭を囲み、その中庭には僧院の中心となる「聖母誕生教会」が建っている。いずれも朱と白の縞に塗られており、ちょっと不謹慎な言い方だが高原のホテルのようでもある。かといって決して軽薄ではなく、「僧院」と聞いて連想するような陰鬱な感じもなく、その中間でいい感じなのである。
とりあえずまわりの建物の上まで階段であがり、緑の山々をバックにした僧院全体の風景を楽しんだあと、中庭に降りて教会に行ってみた。
「聖母誕生教会」の内外は見事なイコン画で装飾されており、天井や壁は鮮やかな色で描かれた聖母マリアやキリストの物語でいっぱいだ。ブルガリア正教も他の正教(ギリシャやルーマニアなど)と同様、立体の像を禁止しているので、教会を彩るのはもっぱらこのようなイコン画なのだ。
今までイコン画というと、どこかディフォルメされたような、ちょっと手を抜いたような感じがしていたが、ここのイコン画は違う。19世紀の火災でもとの教会が焼け落ちたあと、新しい教会に当時の絵描きが無償で描き上げたらしいが、非常に手が込んでいて世界遺産の名に恥じない美しさである。
しかも僧院の見学は無料なのだ。なんて良心的なのだろう!(ちなみに15ドルくらい出せば、僧院内の房に泊まることも可能らしい)
最後に僧院内にある、ちょっとした博物館に入った。ここだけ有料だが、それでも200円もしない。
ここには古い聖書や美しい装飾の施された十字架なんかが展示されているが、一番の見物は「ラファエロの十字架」だ。高さ50センチの木製の十字架の表面に、まるで米粒に文字を書くような感覚で1500人もの人物の姿が彫り込まれているのだ。ラファエロという僧侶が12年かけて彫り上げたそうだが、完成したときにはすっかり視力が衰えていたという。そりゃ凝りすぎだろう!
2時間もかからないで僧院の見学は終わった。部屋に戻って荷物をまとめ、ソフィアに向かって走り出したのは午前11時くらいだった。
リラの僧院がある山の方は雨が降っていたが、午後早くにソフィアに着くと、そこでは青空が広がっていた。昨日、曇天の下で遠目で見たときには醜い街だと思ったが、中心地に入ると意外と趣きがある。ニセ警官や東洋人いじめが大好きなスキンヘッズ(またの名をネオ・ナチ)の噂ばかり聞いていたので、ソフィアなんかルーマニアのブカレストのような雰囲気かと思っていたが、けっこう色気のあるところじゃないか。旧共産党本部のビルも、ブカレストのものと比べるとはるかに愛嬌がある。
首都ソフィアは人口120万人の大都会である。しかし、ごり君がていねいに行き方を教えてくれたおかげで、目指す「ホテル・ビキ」はすぐに見つかった。この間、ギリシャで一緒だった荒木/滝野沢夫妻からもメールをいただいて、この宿ならバイクも置けると聞いていたのだ。
ホテルといっても名ばかりで、日本でいう民宿、こっちでいうプライベート・ルームなのだが、ビキおばちゃんと旦那さんはなかなか親切な人たちだった。日本人バックパッカーが多く利用するそうなのだが、なぜか今はチュニジアからの出稼ぎ労働者予備軍(仕事を探している最中らしい)の若者たちが10人以上も泊まっており、ほぼ彼らの貸し切り状態になっていた。
みんなでテレビを食い入るように見ているので、何かとのぞき込んだら・・・うおおお!ベルギーを相手にした、W杯日本代表の初戦じゃないか!!
すぐに市内観光に出る予定だったが、これが応援せずにいられるだろうか。しばらく見ていると、日本のイナモトが素晴らしいシュートを決めた。ぐおおおお!すげえすげえ!やるじゃないかニッポン!おいみんな、何を落ち着いているんだ、ニッポンがゴールを決めたのだぞ!と一人で盛り上がり、隣のチュニジア人の背中をバンバン叩いたが、よくみたらリプレイの映像だった・・・どおりでみんな静かだと思った。ちょっと恥ずかしい・・・。
強敵ベルギーに勝てると思ったが、結局同点にされて試合は終わった。それでも日本代表チームの実績を考えたら上出来じゃないか。チュニジア人も日本チームを誉めていたぞ。
その後で街に出てみた。ソフィアのメインストリートにはきれいなショッピングセンターなんかもあって、ブカレストのようなすさんだ雰囲気はなかった。ブルガリアというとついついルーマニアとセットにして考えてしまうが、今までの感じだとブルガリアの方が小奇麗に思える。
ただし、ソフィアにはガツンと来る名所がない。バルカン半島で最大だというアレクサンダル・ネフスキー寺院や、古い半地下の教会も確かにきれいだが、ブカレストの「国民の館」のような目玉がないのだ。
「国民の館」は今までの旅の中でも、バカげたモノとしてはトップクラスだと思う。美しさとか存在意義とか全く関係なく、ただ「アホだな〜!」と思うだけなのだが、与える印象は極めて強烈なのである。あれはあれで、独裁者のわがままの象徴として世界遺産にすべきだと思うのだが・・・。
帰りにスーパーに寄って、夕食用の生ハムと赤ワインを買った。生ハムは日本人が好むような脂身が混じっている方がはるかに安いし、ブルガリアは世界でも有数のワイン産地だから、一番安いボトルでもちゃんと自己主張のある、しっかりとした味なのだ。この旅ですっかり赤ワイン党になったが、こっちで普段200円とか300円とかで買っているモノは、日本だといくらくらいするのだろうか?
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