昨夜ピザレストランで出会った、去年も見に来たという日本人(JICA職員らしい)のアドバイスに従って、バラの摘み取りの会場にはだいぶ早めに行った。会場といってもただの畑なので、警備のためのパトカーや参加者を乗せたバスが停まっていなければ通りすぎてしまっただろう。
やがてバスから民族衣装を着た少年少女たちが降りてきた。東欧は美人の宝庫だが、小さい女の子もやばいくらいにかわいい。天使のような笑みを向けられると、ついついさらってしまいたい衝動にかられる。グヘヘ・・・お嬢ちゃん、僕のバイクに乗らないかい?
付近の村からは家族が馬車に乗って集まってきた。やはり一張羅の衣装を着て、馬や馬車にもバラの飾りをつけている。今日は年に一度の晴れ舞台なのだ。
参加者が集まるに従って、観光客を乗せたバスや車も続々とやってきた。アメリカ人の団体、中国人の団体、日本人の団体・・・そしてNHKの取材スタッフまできた。さすがはブルガリアを代表する祭りである。
そして僕はイスタンブールのコンヤペンションで一緒だった、まるちゃんと再会した。彼女の本名は「さちよ」と言うのだが、あのサッチーとはキャラクターが180度違い、むしろ「ちびまるこちゃん」に似ているのでそう呼ばれている。マケドニアあたりを回った後、バラ祭りを見に行くと言っていたので会えるかもしれないと思っていたが、それがバラ畑のど真ん中だとは・・・。
彼女は首都ソフィアで出会ったという、ユーコさんという女性と一緒だった。その後は3人で摘み取りの様子を見ることになった。
摘み取り、といっても誰かの号令に従ってみんなで一斉にやるのではなく、小さなグループごとに歌を歌ったりフォークダンスをしながら畑に入っていくのである。そしてカメラのレンズが向けられる中、昔ながらのスタイルでバラを摘み、その花びらを観光客に配るのだ。
すでにバラは収穫されているので、この「摘み取り」というのは祭りのセレモニーのひとつ、みんなで衣装を着て盛り上がったり、観光客に対するデモンストレーションが目的なのだ。
華やかで晴れ晴れしいバラ祭りだが、僕は悲しい一面も見てしまった。
ブリガリアにもロマ(ジプシー)たちがいる。大人たちはバラ農家の下働きをしているようで、作業着を着たまま祭りの様子を遠巻きで見ていた。彼らはよく知っている。この祭りは生粋なブルガリア人のためのもので、肌の色の違うロマたちはお呼びでないことを。
しかし、可愛そうなのはその子どもたちだ。同年代のブルガリア人の子どもたちがピカピカな衣装を着て観光客の賞賛を浴びている横で、ボロを着て、落ちている花びらを拾い集めているのだ。
プロのカメラマンが何人か集まってブリガリアの少女が花を摘むシーンを撮っていたが、その背景にロマの少女たちが回り込むや、「おい!邪魔だ、どけ!」と罵声を浴びせていた。こうして彼女らは学んで行くのだろう。社会の不条理を、ほかの人種の同年代の子たちよりはるかに強烈に。
僕がルーマニアで見た12歳くらいのロマの少女は、すでに世界の辛酸を嘗め尽くしたような目をしていた。自分たちロマ以外はすべて信用に値せず、スキさえあれば何かカスめてやろうと虎視眈々と狙う目だ。こんな経験をしながら育ったら、あんな目にもなってしまうのだろう・・・。
花びらを集めていた少女が「私たちの写真も撮って」というので、僕は喜んで撮ってあげた。すると、その横で民族衣装を着たブルガリア人のおばさんが、「あらこの人、ジプシーの子なんか撮っているよ」とゲラゲラと笑って言った。
ロマの人たちは一筋縄では行かない、手ごわい人たちだ。中途半端な同情で近寄ると足元をすくわれる、というのがルーマニアの時の僕の実感だったが、さすがに今日は同情してしまった。華やかな祭りの影を見て、僕はちょっと悲しくなるのだった。
ロマの少女たちよ、君たちの笑顔だって可愛いよ。
最後の方になって、黒い面をつけた男たちが腰からさげた鐘をガラガラと鳴らしながら輪になって踊った。これが一番盛り上がり、そして唯一全体的な儀式だった。プロのカメラマンもTVの取材スタッフも、必死になってその様子を収めていた。
それが終わると摘み取りの儀式も終わりのようだった。来た時と同じように参加者たちが流れ解散的に消えていくので、僕たちもカザンラクの町に戻り、中央広場に面したレストランで昼食を食べた。
午後からは広場でフォークダンス大会が開かれた。群衆の拍手に迎えられて馬車に乗った家族や子どもたちが登場、ステージ上の合唱団に合わせて石畳の上で踊っていた。中でも若い男女の組が一糸乱れぬ踊りを見せていて見事だった。昨夜のブリガリア兵のデモンストレーションとは大違いである。彼らは私語も交わしていたし・・・。
フォークダンスのあと、大々的な閉会式があるわけでもなく、祭りはいきなり終わってしまった。あれよあれよという間に広場から人は去り、ステージは片付けられ、清掃係がゴミを拾いはじめた。あまりのあっけなさとその後の手際の良さに、僕たちはちょっと驚いてしまった。これじゃ余韻がないじゃないか。
仕方なく、僕たちは町外れの移動遊園地の方に行ってみた。そっちの方はまだ賑わっていて、町中の人が集まっているんじゃないかと思うほど屋台のビアホールは一杯だった。やっぱり地元の人にしてみれば花より団子、見飽きた民族衣装やダンスよりも、ビールを飲みながら家族や友達とワイワイやっている方が楽しいのだろう。
小雨がパラつく中、僕たちも屋台でビールを飲んでいたが、やがてまるちゃんもユーコさんも泊まっている町に帰って行った。彼女たちはやはりカザンラクで部屋が取れず、付近の町に泊まってバスで来ているのだ。
こうして僕のバラ祭り見学は終わった。最後はちょっとあっけなかったけど、バラの摘み取りは華やかだったし、ロマの少女たちとのほろ苦い出会いもあったし、イスタンブールで出発を遅らせたぶんの価値は十分にあった。
みなさん、ブルガリアに来る際は5月末〜6月頭にしましょう!ちょっと雨が多いけど・・・。
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