旅の日記

トルコ編その6(2002年5月19〜23日)

2002年5月19日(日) ごり君とデート(National holiday)

 ごり君の帰国が近い。今日はお土産を買いにオルタキョイという若者の集まる町に行くというので、彼につきあってみることにした。
 喉の痛みはあいかわらずなので、コーヒー飴をなめながらバスに揺られる。オルタキョイというのはヨーロッパ側とアジア側を結ぶボスポラス大橋のたもとにあり、バスで20分ほどかかるのだ。

 今日は普通の日曜日ではなく、アタチュルク記念日または青少年の日といい、とにかくトルコ人にとっては国民の休日で、通りから建物までみんな真紅の国旗をぶらさげて「トルコ万歳!」と祝う日なのである。
 この国旗、よく見るのだけど、どうも共産主義を連想させるんだよな・・・赤と星だもんね。

 さて、オルタキョイに着いてみると、そこは狭い路地にアクセサリーやアンティークの露店が並ぶ、ちょっとしたノミの市になっていた。ごり君はトルコ石のついたアクセサリーを買ったが、値段は重さによって決まるみたいで、店主は貴金属用の精巧な電子量りを取り出して重さを量っていた。

 ノミの市を抜けてボスポラス海峡の方へ出ると、そこにはおしゃれなカフェやレストランが並んでいた。
 最近イスタンブールではベークド・ポテト屋が流行っていて、焼きじゃがいもにサラミやマヨネーズサラダなど、お好みの具をのせて食べるのだ。かなり大きいじゃがいもだが、一個約400円と値段の方もしっかりしている。僕たちは2人で一つを分けあった。
 空の晴れ渡った休日で、飲食店はカップルや家族連れで大賑わいだった。オルタキョイは東京でいえば代官山や原宿のような雰囲気で、断じて三十男が2人で行くところではない。それでもけっこう楽しかったけど・・・。

 オルタキョイの小さな酒屋では、スコッチが一瓶600円で売っていた。イスタンブールでも探せば酒の安い店がみつかるが、宿の近くにないのが残念だ。アニスの香りがきつい「ラキ」ならどこでも売っているが、いい加減飲み飽きてきたのだ。


本日の走行距離            0キロ(計69027.7キロ)

出費                   2.5ML  バス代
     0.75ML インターネット
     0.75ML アクセサリー
     10.5ML 飲食費
計     14.5ML
(約1450円)

宿泊         Konya Pension
インターネット    Konya Pension


2002年5月20〜21日(月、火) 新市街(Garata tower)

 20日はバスに乗ってガラタ橋を渡り、新市街に行った。
 新市街はタキシム広場が中心になっており、そこからガラタ橋の方面へ伸びているイスティクラール通りがイスタンブールの銀座になっている。路面電車の通る道の左右には映画館やブティック、レストランが並び、人通りが絶えない。
 しかし、僕は別にショッピングが目的で来たのではない。この通りにはロシア大使館があるのだ。

 ロシアのビザはバルト3国で取る予定だが、もしトルコで取れるのなら、何もわざわざバルトくんだりまで戻る必要はない。このまま東へ向かってグルジアを通過するか、トラブゾンから黒海を渡るフェリーに乗ればいいのだ。
 しかし、最近トルコで長期間のロシアビザが取れたという話は聞いたことがない。それでも聞く価値はあるので、高い鉄柵に囲まれた文字通り敷居の高いロシア大使館に行ってみると・・・。
 やっぱり駄目だった。大使館の門番はビザ取得の代行をしてくれるロシア系の旅行代理店まで連れていってくれたが、トルコにおいてただの観光客である僕には最長で15日間有効のビザしかおりないという。たとえトルコに住所があったとしても、一ヵ月の観光ビザが関の山だろう。
 僕が必要としているのは3ヵ月有効のビジネスビザなのだ。やはりバルト3国まで戻らないとだめみたいだ。

 その帰り、イスタンブールを見下ろすガラタ塔に登ってみた。
 ガラタ塔は高さ70メートル程度だが、もともと高台の上に建っているから、その勇姿は旧市街側からもよく見える。月曜日は入場料が半額で、約250円で360度の大パノラマが楽しめるのだ。

 もともと灯台として作られた塔の展望台からは、旧市街のブルーモスク、アヤ・ソフィア、トプカプ宮殿といったランドマークがよく見えた。
 史跡だけでなく、トルコを代表する都市イスタンブールには大小数多くのモスクがあるが、上から眺めると、空に突き出た尖塔がその位置を教えてくれる。中にはブルーモスクにひけをとらないほど大きいものもあるのだ。
 天気がいいので、イスタンブールの街や、行き来する船の様子を見ているのはとても気持ちが良かった。

 次の日、5月21日はごり君の最後の日だった。
 今日は2人で新市街に行き、まずはシティバンクの支店に行って僕のトラベラーズチェックを換金した。僕はシティバンクに米ドルの口座を持っており、そこから無料でドル建てのトラベラースチェックを発行してもらっているが、国によってはそれを手数料無しでドルキャッシュに換金することができる。イスタンブールのシティバンクでもそれが可能なので、僕は手元に残った500ドル分のチェックをすべてキャッシュに換えた。この先チェックのままでは何かと不便だし、500ドルなら万が一盗られたとしてもあきらめのつく金額だからだ。

 その後はごり君とイスティクラール通りをブラブラと歩き、適当なロカンタ(食堂)に入って昼食を食べた。
 トルコのロカンタは料理をウインドーに並べてあるので、メニューがわからなくても「それをくれ」と指差すだけで注文できる。300〜500円も払えばお腹いっぱい食べられるし、料理も手の込んだ美味しいものだから、本当は宿のキッチンでちまちま自炊している場合ではないのである。

 トルコ料理といえば日本人はケバブぐらいしか思いつかないが、実際にロカンタに行くとあまりのメニューの多さに迷ってしまう。野菜もふんだんに使われているし、デザートのライス・プディングも絶品だし、食後のチャイ(お茶)もまた格別である。
 値段といい質といい、トルコは世界有数の外食天国なのだ。

 そこから歩いて宿に帰ったが、旧市街で遠回りをしてしまい、5キロは歩いた。疲れていたのでしばし昼寝をすると、もう夕食の時間になった。ごり君との最後の晩餐である。
 僕たちは「ドイドイレストラン」という、地球の歩き方にも載っている老舗のロカンタに行ってみた。2階席は白人のツーリストで一杯だったが、1階に移ると落ち着いて食事をすることができた。最後の食事なので、2人とも財布のヒモを緩めてフルコースのメニューを楽しんだ。それでもわずか600円だったけど・・・。

 夜は部屋で、しんみりとトロヤ産の赤ワインを飲んだ。ごり君の2年に及んだ旅の最後の夜であるが、本人は日本に帰ってからハーレーの車検を取りなおして北海道を目指すつもりなので、「今度は日本を旅するぞ!」とまだまだやる気マンマンなのである。
 夏の北海道か・・・それもうらやましいなあ。


2日間の走行距離           0キロ(計69027.7キロ)

出費                   2.5ML  ガラタ塔
     1ML バス
     1ML CD-R
     98ML 宿代(15泊分)
     0.3ML コピー代金
     14.75ML 飲食費
計     117.55ML
(約11755円)

宿泊         Konya Pension


2002年5月22〜23日(水、木) さらばごり君(Goodbye friend)

 コンヤペンションにいる間、ごり君はずっと船室のように狭い3人部屋のつきあたり、南向きの窓際に置かれたベッドで寝ていた。カーテンはあるものの、曇りや雨でない限りは射すような朝日がもれ、したがって部屋で一番早く起きるのは彼だった。そして彼はゴジラのような咆哮をあげて伸びをし、僕たちの目も覚ましたあと、近所のパン屋に焼きたてのパンを買いにいくのだ。
 最後の朝も、その手順は何一つ変わることはなかった。僕たちは卵を焼き、トマトとキュウリのサラダをつくり、アツアツのパンと一緒に食べた。

 そして午前11時、エアポート・サービスの車がごり君を迎えに来た。珍しく、運転手は若くて美しい女性だった。ごり君は振り返ってニヤリと笑い、そして我々の前から姿を消したのだ。
 それが去年の4月にチリの「汐見荘」で出会って以来、何度となく再会と別れを繰り返した僕とごり君との、海外での最後の別れだった。今度会う時は日本の土の上だ。

 3人の中で一番体が大きく、荷物も多く、そしてそれらを見事なまでのアナーキズムで散らかしていたごり君がいなくなって、僕たちの部屋は妙にすっきりし、そして衛生状態は飛躍的に向上した。これは比喩ではなく、彼がいなくなったとたん僕も苦しめていた喉の痛みも、テル君の安眠を妨げていた腹痛も治ったのだ。
 ごり君・・・君はいったい、なんなんだ?

 ごり君が去った後、僕は毎週水曜日に宿のまわりで立つ青物市場に買物にいったくらいで、あとは料理をしたり、日記を打って過ごした。

 翌日は新市街の映画館に「スターウォーズ・エピソード2」を見に行った。
 日本でエピソード1や昔のシリーズも見ていたから、その惰性で見に行ったようなもので、そんなに期待していなかったのだが、はたしてそれは正解だった。
 CGとかさすがなんだけど、たまに動きがギクシャクしたり合成の具合が不自然なところがあって、それ以外のシーンが見事なぶん、そんなボロが余計に目立つのだ。オトナになったアミダラ姫をのぞけば魅力のある登場人物もいないし、ストーリー展開も平凡。昔のシリーズの感動には遠く及ばず、エピソード1の方がよっぽどマシだった。あのヨーダが軽快な身のこなしでチャンバラをしていたのには驚いたけれど・・・。

 エピソード2では主人公アナキン・スカイウォーカー、つまり若き日のダース・ベイダーは自信過剰の若者として描かれていた。ハンサムで色んな能力があって、世の中の大抵のことはできると信じ、そしてそれを口にすることをはばからない。誰かに似ていると思ったら、タイで一緒だった村上さんの友だち、オランダ人のマシューだった。あいつは今ごろフィリピンのはずだ。どうしているかな?

 さて、ごり君もいなくなって、僕はいよいよイスタンブールですることがなくなってきた。いい潮時なんだけど、まだ次の目的地ブルガリアに向かわない方がいい理由が、二つほどある。
 まず5月末から6月頭にかけて、ブルガリアの「バラの谷」において「バラの祭り」が開かれるのだ。ここまで来たら見逃す手はないし、そこで再会する予定の人もいる。イスタンブールを出発したらその日のうちに国境を越えてバラの谷まで行けるので、今から急いで向かう理由はないのだ。
 そしてもう一つ。今、カッパドキアやパムッカレを見に行っている小梅さんたちがもうすぐ帰ってくるのだ。5月28日は得政さんの誕生日だし、みんなで祝おうという話もしているのである。

 そんなわけでまだブルガリアには向かわないのだが、ずっとイスタンブールにいても能がないので、僕は明日から1泊で世界遺産の町サフランボルに行ってくることにした。


2日間の走行距離           0キロ(計69027.7キロ)

出費                     3ML  インターネット
     0.8ML バス
     5ML 映画
     7.1ML 飲食費
計     15.9ML
(約1590円)

宿泊         Konya Pension
インターネット    Konya Pension