飛行機が朝焼けのカイロ国際空港に着陸したのは、予定を1時間ほどオーバーした午前6時すぎだった。タラップに立つと、涼しい風が僕を包んだ。気温は16度らしい。1月のカイロは部屋の中でも10度を切る勢いだったから、2ヵ月のうちに着実に暖かくなっている。
入国審査でちょっとモメた。係官がどういうわけか僕のパスポートを怪しんで、虫眼鏡やポケットライトまで持ち出して調べたのだ。結局は入国できたからよかったけど。
空港からはバスに乗り、懐かしい風景を見ながらホテル「サファリ」に向かった。しかし、というかやはりというか、学生旅行者はエジプトにも押し寄せているようで、「サファリ」は満室。廊下にまで人が寝ている有様だった。
仕方なく、同じビルの階下にある「スルタン」にチェックインした。
このビルには他にも「ベニス」という安宿が入っているが、その前を通ると「売りたし、ロンリープラネット中東版、45ポンド、サイモン」という英語の張り紙が目に入った。僕はヨルダンやシリア、トルコのガイドブックを持っていないので、その本を譲り受けることにした。アラブ諸国をほぼ全域カバーした分厚いガイドで、最新版の上に約10ドルと安い。これはラッキーだ。
サイモンという男はダイバーでもあり、雑談をしているうちに紅海のダイビングスポットの話になった。僕はダハブで潜るつもりだったが、彼にいわせればその手前のシャルム・イッシェーフの方がいいという。シャルム〜は高級リゾートで、物価がエジプトとは思えないほど高いためにバックパッカーはダハブを好むが、海の面白さ、ショップの信頼度ではシャルムが勝るらしい。彼はゴールドコースト出身。海にうるさいし、ダハブとシャルムの両方で潜っているから、信頼に値する話だと思う。
ダハブの手前にシャルムがあるので、まずはそっちから行ってみようと決めた。
しかし紅海に向かう前に、僕にはカイロでしなければならないことがある。ヨルダンとシリアのビザ取得だ。
ヨルダンは大使館に行けば即日発行してくれるが、シリアはちょっと厳しい。日本大使館の発行するレター(身元保証書のようなもの)が必要なのだ。
まずは日本大使館に行き、そのレターを申請する。しかし領事部のオフィスはがらんとしていて、人の動きもどこかのんびりとしている。申請用紙を出すと、若い大使館員はレターができるのは日曜日の朝だといった。今日は3月21日、春分の日で大使館の実務は休業。つづく金曜と土曜もイスラムでいう週末だから休みなのだ。
これは思ったより時間がかかりそうだぞ・・・。「地球の歩き方」によると、レターができたからシリア大使館にビザを申請しても3営業日は必要だというし。
とりあえずレターを申請し、次にヨルダン大使館に行ってビザをもらった。日本人はタダらしいが、前にいたボリビア人は88ポンドも取られていた。ちょっと可愛そうだと思う。
帰りにマクドナルドで食事をした。
エジプトのファストフードの定番コシャリでも良かったのだが、初日から僕はスピーカーから流れるねちっこいアザーンの声や、アラビア語の映画の看板やら、ムチャクチャな運転をするカイロの車に囲まれて、はやくもイスラム世界の荒波に疲れてしまったのだ。
ここでマクドナルドでも食べて一息つきたい。アジアでリラックスしきった体をここに慣らすには、少しずつにしないと消化不良を起こしてしまう。
そんなわけでフィレオ・フィッシュのセットを注文すると、キャンペーンのスクラッチカードがついてきて、例の銀色の部分をこするとプラスチック製のマグカップが当たった。このマグカップ、「M」のマークにアラビア文字でマクドナルド(だと思う)と書かれている。子供だましのような景品だけど、僕は妙に嬉しくなってしまった。
マクドナルドといえばコカ・コーラと並ぶアメリカ文化の象徴ではないか。それが今、世界をアメリカと二分するイスラム世界の文字で書かれている。世界平和を描いているようで、ちょっと素晴らしいのだ。そんなこというとエジプト中にあるマクドナルドの看板も全部アラビア文字で書かれているのだけど、何か、今さらながら僕の心に訴えるものがあったのだ。
イスラム世界といえば酒がない。僕は免税で酒が買えるうちに買っておこうと思い(エジプトでは入国日とその次の日に免税で買物をできる権利がある)、ホテル・シェラトンの免税店でバランタインの720mlボトルを一本買った。
そんなわけで夜は水割りをチビリチビリとやりながら椎名誠の対談集を読んでいた。そのうちに酒と本も尽きてしまうのだろう。
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