「Twins」の部屋は新しいが、カプセルホテルのように狭いうえにコンセントがないので、僕は前に泊まっていた「Blue
House」に引っ越した。木造のアバラ屋を無理やり青く塗ってポップにした民宿だが、部屋は広くてコンセントもあり、夜はとても静かなのだ。
体の疲れが取れないので、引っ越した部屋でもずっと寝ていたが、ますます体はだるくなる。預けていた荷物を取りに行っても、インターネットに行っても、昼食や夕食を食べに出ても、なんかフラフラとして足元がおぼつかない。暑いはずなのに暑さを感じず、まわりのもの全てにリアリティを感じないのだ。
これはまるで熱があるようだ、と思って体温を測ったら、なんと38度5分もあった。鼻水も出ないし、喉も痛くないが、言われてみれば耳がヘンな気がする。ダイビングのしすぎで耳がヘンになって、それで高熱が出ているのだろうか?これは楽しすぎた日々のツケなのか?
とにかく12日はアスピリン2錠を栄養ドリンクで流し込んで眠った。明日もおかしいようなら病院にいってみよう。
そして翌朝。やっぱり何かおかしいので、病院にいくことにした。
しかし旅行者の強い味方バムルンラード病院は、あの安くてうまい寿司ランチの「築地」の方面でもあるので、診察を受ける前に腹ごしらえをしていくことにした。当然、村上さんと松井史織も一緒である。
船とスカイトレインを乗り継いでタニア通りの「築地」に行くが、宿を出るのが遅くなってランチの時間に間に合わなかった。前にも書いたけど、この店はけっこう高級な構えをしている。中に入ろうと店の戸を引いたとたん、タイ人の仲居さんに「ランチは終わりましたよ!」とニベもなく言われたのだ。それはまるで「あなたたちはランチ以外は食べられないでしょう!」と言われているようで、そしてそれは誠にその通りなので、くやしくもあって仕方もなく、僕たちはスゴスゴと出て行くしかなかった。
「築地」の向かいに「小僧寿司」もあるので、かわりにそこの食べ放題コースにした。いわゆる回転すしなのだけど、回ってくるネタのバリエーションが少なくてすぐに飽きてしまう。もともとそんなに食べられる方じゃないし、今日は体調が悪くて味覚まで衰え、もう何を食べても同じ味しかしないので、9皿しか食べられなかった。
やっぱり「築地」のランチの方がいいので、バンコクを発つ前にもう一度行こう。ちゃんとランチに間に合うように・・・。
病院に行く前にもう一ヵ所寄った。エジプト航空のオフィス、ギリシャに戻る便を予約するためである。
僕に与えられた30日間のタイ滞在期間は3月18日に切れる。できればその前に飛びたかったのだけど、バンコク〜カイロ間は週2便しかないらしく、17日の便はすでに満席。ぼくはその次、21日のフライトでタイを後にすることになった。21日といっても午前0時過ぎなので、実質は20日の夜。2日間のオーバーステイは空港で罰金を払えば済むはずだ。
そしてダイバーのはしくれを自認する僕はぜひ紅海でも潜ってみたいので、再度カイロでのストップオーバーを申し入れた。追加料金がかかろうが、このチャンスを逃したくはない。後からわざわざダイビングのためにエジプトに行くのは大変だ。
しかしオフィスのお姉ちゃんによると、チケットの性格上、いくら追加料金をしてもカイロでのストップオーバーはできないらしい。じゃあカイロ〜アテネの便を捨てることにしてカイロで降りることはできないか、と聞いてみたところ、お姉ちゃんはちょっと考えてから「もしかしたら出来るかもしれませんね」と言った。
つまりお姉ちゃんでもわからないのである。僕はカイロで降り、紅海でダイビングをしてから陸路でヨルダン、シリア、トルコと抜けてアテネに帰るか、それともそのままひとっ飛びで3月21日の午後にアテネに帰ることになるか、その時にならないとわからないのだ。
どっちになるかでその後の行動が大きく変わってくるから、心の準備が大変だ。僕は一体どうなるのだろう?
そしてエジプト航空の前からタクシーに乗り、バムルンラード病院に向かう。この病院は車で行くのが正解であって、セコセコとバスや徒歩で行ってはならないのだ。
それというのもこの病院、なんで5つ星ホテルのリストに名を連ねないだろう、と思うほどゴージャスなのである。タクシーを正面入口につけると、ドアマンがサッと来てドアを開けてくれる。中に入ると1、2階が吹く抜けになった豪華絢爛なロビーが広がり、マクドナルド、スターバックスコーヒーまである。ここだけを見て、誰が病院だと思うだろうか?
エスカレーターで2階にあがり、日本人専用受付で診察券を作ってもらう。ここでは海外旅行保険証書とパスポートさえあればキャッシュレスで医療が受けられるのだ。入口の横にも「Asia's
first
International
credit
hospital」と書かれた垂れ幕が下がっている。
賢明な方はこれでお気づきかもしれないが、この病院、タイ人の庶民は相手にしていない。高額の保険に加入している外国人旅行者、駐在員、そして一部の金持ちのための病院なのだ。
たとえば日本人旅行者の場合、医療費の請求は海を越え、直接日本の保険会社に請求される。一時的にも自分の財布を痛めないから、1000円で済むところが5000円になろうが、通院ですむところが入院になろうが、本人は気にしない。請求された保険会社もタイで行われた医療のことを細かくチェックできないし、海を越えてゴタゴタするのも非常に面倒なので、書類が回ってくればめくら判のように支払いをOKしてしまう。
かくして病院は必要以上の治療や投薬を施し、入院をすすめるらしい。そしてタイにおける平均よりはるかに高額な治療費を保険会社からゲットするのだ。
実は、僕も入院をすすめられたらどうしようと期待、じゃなかった心配していたのだ。入院すればタダで高級病室におけるバラ色の入院生活が味わえるのだ。じゃなかった、治療に専念しなければならないのだ。
期待と不安を胸に3階の耳鼻科に向かった。清潔な待合室には無料のミネラルウォーターとお茶がコップに入れられて並んでいる。それもひとつひとつ、ていねいにラップでふたまでしてあるのだ。実に苦しゅうない。
そして自分の番が回ってきた。耳、鼻、のど、心音などを調べたあと、初老の先生は訛りのきつい英語でオモムロに言った。「異常ナシ!」
期待を裏切られた僕は先生に言う。「でも昨夜は熱もあったし、耳が痛かった気がします。そして今日なんか味覚もないんですよ」
すると先生は鼻で笑った。「寝てれば治ります!薬もあげません!・・・お疲れ様でした」
実にあっけなく医者に「サジを投げられた」僕は、診察室を後にした。この病院で健康と言われるのだから、僕はとても健康なのだろう・・・。残念、じゃなかった、よかったよかった。
何ともなかったので、帰りはスゴスゴと徒歩で病院を後にした。帰りに伊勢丹に寄って紀伊国屋で立ち読みをし、カオサンに戻ってビールを飲んでいるうちに、なんか元気が出てきた。気がつけばビールがうまい。味覚も戻っているじゃないか!
のせられやすい体質の僕は、「異常ナシ!」といわれると本当に元気になるみたいだ。やっぱり病は気から、なのだ。
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