4日間のオープンウォーター講習につづき、2日間のアドバンスド・オープンウォーター講習のスケジュールもハードだ。実質1日半のうちに5本のダイブと学科を消化しなければならない。
しかし基礎的なテクニックの習得ばかりを目的としたオープンウォーター講習と比べ、アドバンスドの5本はいずれもテーマの異なった応用ダイビング。スキューバ・ダイビング自体が遊びなのだけど、先の4日間に比べれば気分は遊び半分だ。
オープンウォーターで一緒だった11人のうち、ほとんどの人がそのままアドバンスドも取るし、インストラクターも引き続きテツさんなので、クラスの雰囲気もそのままだ。
その5本は、10数種類用意された中から自分で選ぶことができる。しかしショップの環境や設備によっては不可能なダイブもあり、たとえば沈船を見るレック・ダイビングや高所での潜行を体験するアルティテュード・ダイビングはタオ島では無理だし、「ビッグブルー・チャバ」には水中スクーターが無いから、それを体験するダイブも選択できない。
そして深度30メートルまで潜る「ディープ・ダイビング」や夜の海中を楽しむ「ナイト・ダイビング」、コンパスを用いて決められたコースをたどる「アンダーウォーター・ナビゲーション」の3本が「ビッグブルー・チャバ」における必須科目だそうなので、実質的に自分で選べるのは2本だけだ。
僕は水中生物を観察する「アンダーウォーター・ナチュラリスト」と水中撮影を体験する「アンダーウォーター・フォト」を選んだ。「〜フォト」は機材レンタルとしてさらに1200バーツがかかるが、水中で撮った写真をぜひともこのホームページに載せたいのだ。
3月2日の午前中は学科だった。とはいっても、前の晩に眠い目をこすりながらやった宿題の答え合わせである。必須の3本のダイブに関する練習問題を解いたあと、各自選択したもう2本の学科を行った。
昼食をはさみ、午後に2ダイブ。
まずは「ホワイト・ロック」という水深15〜17メートルのポイントで「アンダーウォーター・ナチュラリスト」。スレートと呼ばれるプラスチックの板に、鉛筆を用いて水中生物を片っ端からスケッチしていく。それをもとに船に上がってから図鑑で調べると、ワヌケヤッコやソラスズメダイ、ツキチョウチョウウオやモヨウハタなどという魚だった。
しかし慣れない水中で浮遊しながらスケッチを描くのは大変だ。絵の線はグニャグニャに曲がるし、メモする字はミミズのようになってしまう。
次にやや浅い「ツインズ」にて「アンダーウォーター・ナビゲーション」。
はじめに船上でコンパスの使い方を教わり、北に対して何度の方向に何キック進む、というのを何回もイメージトレーニングしてみる。しかし理屈はわかっていても、いざ水中になると勝手は違い、コンパスで方向を調べている間にも体が流されたり向きが変わってしまったりする。
「直線ナビゲーション」といって、方位と距離を定められたある一点に行って戻ってくるだけならまだできるが、ある地点にいってそこから90度曲がり、同じ距離だけ進むのをくり返して四角を描くのとなるとかなり難しい。最後の方は、うっすらと見えてくるみんなの姿を頼りに進んでごまかしてしまった。
しかし、その日で特筆すべきなのは夜に行われた「ナイト・ダイビング」だ。
フツーに考えると、夜に潜って何が面白いのか、という疑問がわく。なぜなら言うまでもなく夜の海は暗いのだ。海水の透明度が抜群によく、そして遮る雲がなければ月光が届くこともあるらしいが、さもなくば自分と仲間たちの持つライトだけが頼りだ。そして言うまでもなく、それらのライトは海中全体を照らすほど強力ではない。
しかし、これを経験した人は「楽しい」という。そしてなぜ楽しいのかは、潜ってみてすぐに分かった。夜のダイビングというのは、まるで宇宙遊泳のように幻想的なのだ。暗闇の中をフワフワと漂い、ライトの灯りも海水に拡散されて間接照明のように柔らかい。同じポイントでも昼間とは様子がまったく違い、昼間は寝ている夜行性の魚が悠々と泳ぎ、かわりにいつも見る魚たちは岩の隙間なんかで寝ている。ライトで照らすと「あっ、やめろ。まぶしいじゃないか」とモソモソと動き出すのだ。
そして今のタオ島では夜光虫がたくさん見られる。これはプランクトンの一種で、海水に混じってチリのように漂っているのだが、手で海水を思いっきり掻くと化学反応を起こし、キラッと一瞬光るのだ。海中ライトを腹に押し当てて暗くし、手で海水を掻くとキラッ、また掻くとキラッ。まるで砂金か宝石のカケラをまいたように輝くのだ。
そんなわけで夜のダイビングも楽しいのだが、やっぱりみんな暗闇の中ではぐれるのが怖いから、いつも以上にお互い接近している。僕は背中のタンクを松井史織の頭に思いっきりぶつけてしまった。
しばし暗中のダイビングを楽しんだあと海面に浮上すると、今度は満天の星空が美しかった。プカプカと波に揺られながら空を見上げると、オリオン座がさんさんと輝いていた。それはまるで夜光虫のようでもあった。
3月3日の午前中に残る2本のダイブ。
まずはオープンウォーター・ダイバーの限界である深度18mを大きく越える、30mの世界に挑む「ディープ・ダイビング」。これを経験していないと、「ディープ」と分類される深いポイントに潜ることができない。
「チュンポン・ピナクル」というポイントに船で着くと、テツさんは生卵とエビせんの袋を持って潜行した。そして30メートル下の海底で生卵を割ってみせると、黄身は割れずにフワフワと浮いている。対してエビせんの袋は水圧に押しつぶされ、真空パックのようにカチカチになっている。水圧は気体に大きな影響を及ぼすが、液体には影響を及ぼさない。人間の体の大部分は液体だから潰されずに潜ることができるのだ。
強い水圧のほかに深海の特徴として「窒素酔い」というのがある。深度があがるにつれて体内に溜まる窒素が増え、ある一定のラインを超えるとまるで酒を飲んだように酔っ払ってしまうのだ。どの深度でそれが現れるかは個人差があるが、普通は30メートル前後らしい。ダイバーの中には、この窒素酔いが楽しいからダイビングがやめられないという人もいるのだ。
窒素酔いはリラックスしていないと症状がでにくいので、初めてのディープ・ダイビングでは出ないことの方が多いらしい。しかし僕は自覚がないものの、「窒素酔いをしていた」と後で言われた。
卵を割ったあと、テツさんはみんなが酔っているか試すために指を立てて計算問題を出したのだが、卵の殻を渡された僕はそれをどうしていいか分からずに、問題を出されても無視してずっとテツさんに向かって卵の殻を振っていたのだ。有機物なのでそのまま捨ててしまえば良かったのだが、それが分からなかったということはやはり酔っていたのかもしれない。
「チュンポン・ピナクル」はタオ島を代表するポイントで、大型の魚が多く見られる。全てのダイバーの憧れであるジンベエザメが現れるポイントとして世界的に知られるが、残念ながら僕は見られなかった。
しかし、銀色に輝くバラクーダが群れを成している姿は雄雄しかった。
アドバンスドの5本のダイブのうち、最後に行われたのが「グリーン・ロック」と呼ばれるポイントでの「アンダーウォーター・フォト」。一番楽しみにしていたものだ。
カメラは普通の35ミリとデジカメが選択できるが、慣れていないと水中ではなかなか良い写真は撮れないらしい。普通のフィルムだと36枚が限界だし、その場で写りが確認できないので僕はデジタルカメラを選んだ。完全防水の樹脂ケースに入れられたオリンパスのキャメディア2000ズームだった。
同時に潜った松井史織と青葉ちゃんとの3人のうち、僕のカメラだけ内臓されたメモリーが大きかったから、電池さえ持てば100枚以上撮影することができる。大きな岩がゴロゴロして地形的に楽しい「グリーン・ロック」だが、この日は透明度が良くなく、だいぶ被写体に接近しないとうまく写らない。それでも同じ料金を払っているから撮らねばソンソンと、ケチ根性を丸出しにして僕はシャッターを切りつづけた。岩にぶつかりそうになっても、ウニの針が迫っても、僕はアイドルのスカートの中を狙うカメラ小僧のように撮りつづけた。
おかげで我ながら「いいじゃん」と思える写真が何枚か撮れた。ここにその一部を紹介します。
どうです?海の中の世界、やっぱり全然違うでしょう。ちょっと大袈裟だけど「Ride
Tandem」の新境地!ってところです。あ、今でもバイク旅のHPですけどね、一応・・・。
みんなが呆れるほど、33分間で100枚以上の写真を撮り、アドバンスド・オープンウォーター講習最後のダイブを終了した。
昼食を挟んで、午後に認定式。例のごとく拍手のなか、テツさんからアドバンスドの仮ライセンスを手渡される。これで30メートルまで潜ることができ、世界中ほとんどのダイブ・ポイントに繰り出すことができる。インストラクターとかを目指さず、趣味の範囲でダイビングを楽しむだけならこのライセンスで事は足りるのだ。
以前、「オープンウォーター・ライセンスは車でいう普通免許のようなものだ」と書いたが、むしろアドバンスドがそれにあたると思う。オープン〜だけでは潜れる範囲がかなり狭まってしまうので、車でいえば仮免許か、オートマ限定免許といったところだろう。
何はともあれ、この旅に出るまでほとんど泳げなかった僕は、これで立派な(?)海の男になったのだ!えっへん。
しかし新米の海の男はひ弱である。実質4日間のうちに慣れないダイブを9本もこなし、体はボロボロになってしまった。筋肉という筋肉は痛いし、足はフィンとすれて傷だらけだし、右手にはウニの針が刺さったままだ。そして両耳がうまく聞こえない。診療所で見てもらうと、ダイビングではよくあることだそうで、耳の管の内側が軽い炎症を起こして狭まっているのだ。
その炎症を抑える錠剤を処方してもらい、僕は足をひきずって宿に帰った。とにかく体調を整えてから今後のダイビングを楽しもう。
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