旅の日記

カンボジアその2(2002年2月11〜13日)

2002年2月11日(月) ジャングルに埋もれる遺跡(Ruins in the jungle)

 アンコールワット周辺の観光は広い敷地を歩き回ったり、急な階段を上り下りするので疲れる。昨日の疲れが乳酸となって筋肉に蓄積されているが、ダラダラしていては大枚はたいて買った3日券がもったいない。今日もファイト一発!で観光開始なのだ。

 2日目はアンコール・トムの少し東にある、タ・ケウというピラミッド型の寺院から始めた。かつてクメール王朝の都があったこの一帯には、アンコールワットやトムの他にも大帝国の足跡が数多く残っている。

 タ・ケウは11世紀初頭に建設が始められたが、王の突然の死により中止となった。だから装飾を施す前の巨石を積み上げた段階のままで残っており、優美で有機質的なほかのクメール遺跡とは違い、質実剛健な印象を受ける。
 平らな頂上には5つの祠堂(しどう)があり、今では仏像が祭られている。急な階段を登り、重厚な祠堂を見上げたら中米のマヤ遺跡を思い出した。マヤ文明のピラミッドも階段が急で、頂上にはこんな石の部屋があるのだ。

 タ・ケウのあとは本日のハイライト、タ・プロームに向かった。
 12世紀後半のこの寺院は、今ではジャングルに埋まろうとしている。がじゅまるの木がヘビのような根を壁や屋根に広げ、その成長は石組みを少しずつ破壊していく。侵食されつつある寺院の姿は悠久の時を感じさせ、アンコール・ワットやバイヨンに次いで日本人に人気があるそうだ。

 寺院の中は木の根が崩した石で埋まっており、一歩一歩慎重に進むうちに「レイダーズ・失われたアーク」や「トゥーム・レイダーズ」、はたまた「天空の城・ラピュタ」の世界に踏み込んだような感覚に陥ってきた。ミニ・冒険気分なのである。

 ピカピカに修復・復元された遺跡より、ほどほどに荒れた状態の方が好きな僕は、このタ・プロームはとても素敵だと思う。僕はチェチェン・イツァーなんかよりもパレンケやティカルの方が好きだし、パルテノン神殿もなんで修復しなければならないのか理解できない。遺跡は時の流れを感じさせてこそ、「遺された跡」なのではないか。
 仏教でいう輪廻転生を寺院自らが示しているようにも見える。タ・プロームは今や木々の温床で鳥たちの棲み家であり、このままではやがて朽ち果て、土に帰るのだろう。おそらくその前にカンボジア政府が手を打つだろうけど・・・。

 タ・プロームは決して大きい遺跡ではないが、角を曲がるたびにセンスのいい崩落や血管のような根があったりして、飽きさせない。たっぷりと 1時間半はかけて見た。
 遅い昼食は昨日と同じバイヨン近くの屋台で食べたが、その前にバンテアイ・クディという小さな寺院に寄った。あまり特徴のない遺跡だけど、正面にあるテラスを見て松井史織は「ドラゴンボール」に出てくる「天下一武道会」の会場そっくりだと言った。その通りだと僕も思った。

 午後、といっても昼食を終えたのは3時だったが、プリア・カンという寺院に行った。規模の大きい遺跡だけど、当時としては珍しい2階建ての小さな建造物を除いて、あまり印象に残らなかった。どうもメジャーどころを先に見てしまったので目が肥えてしまったようだ。

 帰りにまたアンコール・トムに寄り、昨日見逃したライ王のテラスというのを見に行く。高さ6メートルのテラスの周辺はレリーフが施されているが、実はこのレリーフは2重構造になっている。もともとあった壁を覆うように後世になって新たな壁が築かれたのだが、今では内壁と外壁の間に細い通路が設けられ、その両方が見られるようになっている。
 内壁のレリーフは彫りが深く、半分彫刻のようだった。神々や阿修羅や動物やヘビなんかがびっしりと壁一面に彫られ、その表情はとても豊かだ。京都の三十三間堂のように、自分と似ているのがあるのかもしれない。
 外壁の方は風雨にさらされたためか、内壁より痛みが激しくて彫りも浅かった。

 意外と時間が経つのがはやく、今日は早めに観光を切り上げたつもりが、街に戻るとすでに夕方になっていた。
 昨日からチャーターしているバイクタクシーの運転手が「明日はどうする?」と聞くので、ちょっと言いにくかったが、自分でバイクをレンタルするつもりだと言った。明日は街から40キロほど離れたバンテアイ・スレイという遺跡に行きたいのだが、バイクタクシーだと1人12ドルかかるという。対してバイクのレンタル代はわずか8ドル、2人乗りして行けば一人4ドルだし、世界に誇るホンダのカブ系エンジンだからガソリン代なんてタダ同然だ。昨日、今日と観察していると、確かに人数は少ないが、それでも自分のバイクをレンタルして遺跡に来ている観光客は確実にいる。日本人こそ見ないが、まあ、何とかなるでしょう!

 すると運転手は、松井史織を乗せていた弟分のバイクの方が古いので、明日、8ドルで貸してくれるといった。金額は店で借りるのと同じだが、わざわざ借りに行く手間が省けていい。明日はアンコールワットにあがる日の出も見る予定なので、朝5時半にバイクを持ってくるように言った。


出費                    6$   バイクタクシー
     3.8$ 昼、夕食
     4250R ビール、水
計     9.8$
(約1280円)
      4250R (約140円) 宿泊         Moon Rise Guesthouse


2002年2月12日(火) 日の出と精密レリーフ(Sunrise upon Angkor Vat)

 日の出を見ることはアンコールワット観光の「お約束」のひとつであり、午前5時半ともなれば宿の前にバイクタクシーが客引きに集まってくる。
 しかし、我々にバイクを貸すと約束した運転手の弟分は現れない。そうこうしているうちに運転手本人が客引きに現れ、「あれ?僕の弟分はまだ来ていないの?じゃ、僕が代りに1人12ドルで連れて行ってあげるヨ!」とのたまった。キレた僕は、「ざけんな!お前が5時半に来させるといったんだろう!弟分が来ないのなら、お前のバイクを貸せ!」と、彼の新しいバイクを分捕った。確かに弟分のバイクよりは新しいので、10ドル払うことを約束する。アンコールワット周辺をチャーターして一日6ドルなのだから、働かずにバイクを貸すだけで10ドルというのは悪くはないはずだ。

 借りたバイクはホンダの110cc、スーパーカブの大型版だ。自動遠心クラッチの車に乗るのは初めてで、シフトアップするときに思わずシフトペダルをつま先で上げてしまうのだが、それもじきに慣れた。運転手は心配そうに見ていたが、俺も誰だと思ってんのじゃ!普段はDR800Sに乗ってんのだぞ!(1人じゃ起こせないけどネ)

 松井史織を後ろにのせ、まだ暗い中を時速40キロでぶっ飛ばす。ヘルメットもないし、暗いし、久しぶりだし、バイクも小さいから、40キロでもぶっ飛ばしている感覚なのだ。
 料金ゲートでチケットのチェックがあるが、心配していた日本人のレンタルバイクでの入場禁止、というのは言われなかった。本当のところ、ルールはどうなっているのだろう?

  午前6時過ぎにアンコールワットに到着した。すでに空は明るく、気持ちが焦る。松井史織は「そんな早く歩かないでよ」と言うが、ここで急がないでいつ急ぐんじゃ!
 広い敷地内には何ヶ所かサンライズ・ポイントがあるそうだが、我々が向かったのは参道の北側にある池。このあいだ写真を撮ったところだ。

 池の前ではすでに多くの人がカメラを手に朝日を待ち構えており、その多くが日本人ツアー客だった。福井県の地方自治体のグループらしく、朝日を前に今さらデジタルカメラの使い方が分からないと大笑いしていた。なかなか楽しそうだった。
 空が少しガスで覆われていたので心配だったが、人々の歓声のなか、中央塔と右の塔との間に火の玉があがると、ぼやっとしていたアンコールワットはシャープで真っ黒な影となった。光量は少しずつ増し、やがて中央塔のラインが光にかすんだころ、池の中のアンコールワットにも日が昇った。ふたつのアンコールワット、ふたつの太陽。ため息の出る瞬間である。
 おそらくアンコールワットが一番美しく見える瞬間だろう。これは見逃すべきではないと思う。

 これまでの旅で最も美しい日の出を拝んだあとは、バイヨン近くの屋台で朝食を食べ、いよいよバンテアイ・スレイを目指す。バイヨンからだと片道30キロの距離だ。
 数年前まではゲリラの残党が出て、2年前まではひどい道だったというが、今では完全舗装である。それでもたまにボロボロの木の橋が現れたりするので、油断はできない。途中、素朴な村をいくつか通過するが、今日から旧正月なので賑わっていた。
 遺跡のほんの手前で道を間違えてしまい、ダートを数キロ走るハメになったが、バイクも体も砂ぼこりで汚れてしまった。あの運転手は怒るだろうか?

 軽いツーリングの末、バンテアイ・スレイに到着した。10世紀に建てられた小規模なヒンズー教の寺院は観光客で溢れている。ここだけ遺跡群から遠く孤立しているのだが、わざわざ時間をかけて来てもおつりがくるほどの価値があるのだ。

 ここの売りものは精密で美しいレリーフ。バイヨンにもライ王のテラスにも美しいレリーフはあったけど、ここのレリーフは一味も二味も違う。今までのレリーフが400字詰めの原稿用紙に400文字書いたのだとすると、バンテアイ・スレイのレリーフは1マスに4字ずつ、1600文字を並べたような細かさなのだ。まるで製図用のペンで描かれた精密画が、そのまま石に彫られて立体になったような印象を受ける。寺院自体も小さく、装飾も細かいから、まるで大きな寺院の精巧なミニチュアのようでもある。
 まあ、とにかく見ていただければ僕の言いたいことがちょっとは分かると思います。

       

 どうどう?いいでしょ?キャー、シビれるなあ、きれいだなあ。あるフランス人の作家はこのレリーフに魅せられて、盗み出そうとしたところを捕まったらしいが、その気持ちが分からないでもない。僕は将来、まかり間違って億万長者になったらアントニオ・ガウディ調の家を建て、周囲をインカの石組みを囲むつもりだけど、こんなレリーフも施したいなあ。え、成金趣味で悪趣味だって?大丈夫、今のところ億万長者になる予定はないから・・・。

 しばしウットリしたあと、来た道を赤いバイクで引き返す。途中、路肩に止まったら下校途中の小学生が「ハローハロー!」と話しかけてきた。学校で習っているといい、けっこう英語が話せる。ポル・ポトは自分に都合の悪い学校教育をすべて廃止したというが、今の人たちは教育の尊さを身にしみて知っているのだろう。
 カンボジアの子どもたちは底抜けに明るいが、彼らの将来も同じであって欲しい。

 帰りに東メボンというピラミッド型の寺院に寄るが、4隅にある石の象のおしりが丸くて可愛かった。
 特に遺跡マニアでもない僕は、東メボンなんかを見ると、象のお尻以外には「やっぱりマヤ文明のピラミッドに似ているな」ぐらいの印象しか残らない。昨日のバンテアイ・クディもプリア・カンもそうだったけど、それはアンコールワットやバイヨン、タ・プロームやバンテアイ・スレイと比較してのことで、冷静に考えてみるとこれらの遺跡だってすごいのだ。

 アンコールワット周辺には寺院がいくつも残っているが、そのどれもが独立して世界のどこかにあっても、それだけで観光名所になるくらいのものである。そう考えると、ここほど質、量ともに遺跡が揃っているエリアは世界でもないのではないか?エジプトのルクソールでさえも2日もあれば一通りを見ることができる。しかしアンコールワットは一通りで3日、ゆっくり見ようとしたら一週間券でも足りないくらいだ。
 もちろん、個々の遺跡の話はまた別で、ラムセス3世葬祭殿とタ・プロームを比較したり、マチュ・ピチュとアンコールワットの優劣を決めるのは難しいのだけど。
 ま、テーマパークに例えるなら「アンコール・ランド」ほど色んなアトラクションが一箇所に揃っていて、長く遊べるところは無いんじゃないか、ということです。

 帰りにシェムリアップのインドカレー屋「リトル・インディア」に寄り、お腹の中をすっかりインドにして宿に帰ると、もう午後3時だった。朝5時半から活動しているので、今日もかなり精力的に回ったことになる。
 シャワーを浴びて、とりあえず夕方まで泥のように眠った。マリワナ海溝に落ち込み、地球の反対側まで抜けてしまうような深い眠りだった。
 運転手にバイクを返し(砂まみれでも10ドル払ったら何にも言わなかった)、夕食を食べたあと、さっそく日記に取りかかった。明日、もう一日シェムリアップで過ごしてHPをアップロードしたあと、明後日の朝のバスで首都プノンペンに向かうつもりだ。


出費                    5$   バイクレンタル
     1$ ガソリン
     2$ Tシャツ
     5.5$ 昼、夕食
     1600R りんご、ココナツジュース
計     13.5$
(約1760円)
      1600R (約60円) 宿泊         Moon Rise Guesthouse


2002年2月13日(水) 下校する子どもたち(Children of Cambodia)

 たっぷりと観光したのでたっぷりと疲れているし、日記もたっぷり打たなければならないので、今日は一日宿でゆっくり過ごすことにした。

 昼食を食べるタイミングを逃し、午後5時ごろに昼食とも夕食ともつかない食事を街にとりにいくと、いつもの大通りが制服姿の小学生たちで封鎖されていた。手と手をとりあって、道を端から端まで塞いでいる。バイクも車もその後ろで大人しく待っている。
 「なんだなんだ、小学生のデモか!」と思ったら、道路わきにあった学校から年少の子どもたちが「ワーッ!」と出てきて、道路を横断し始めた。彼らが安心して渡れるよう、年長組が交通をブロックしていたのだ。

 そこらへんにいた観光客は、みんな絶好のシャッターチャンス!とカメラを向ける。カンボジアの子どもたちは写真に撮られるのが嫌じゃないし、とても素直だから、みんな「ハロー!ハロー!」と手を振ってきてかわいいのだ。
 ちょっと食事に出たつもりだったのに、とても眩しいものが見られた。偶然にもカメラを持っていて良かった。だから今日は幸せで、食堂でビールを飲んだらさらに幸せになり、明日のプノンペン行きにも期待を寄せるのだった。


出費                    7$   プノンペン行きバスチケット
     24$ 宿代、宿での食事代精算
     3.5$ インターネット
     0.5$ 水
     9000R 飲食費
計     35$
(約4550円)
      9000R (約300円) 宿泊         Moon Rise Guesthouse
インターネット    Angkor Cvber Cafe