気合を入れて午前5時に起きる。昨夜はひょっとして寝ない方がいいんじゃないか、とも思ったが、やはり4時間ぐらいでも寝ていると違う。
まだ暗い中、ホテルを出てカンボジア行きのバスの集合場所に向かった。昨夜のうちに要らない荷物を宿の倉庫に預けたので、かなり身軽である。
集合場所には6時前に着いたが、待てど暮らせど出迎えも他の客も来ない。夜は少しずつ明けていくが、集まってくるのはしつこい蚊だけ。アンコールワットの観光基地となるシェムリアップはバンコクからだと12時間はかかる。我々は80バーツという格安の料金で申し込んだので、ひょっとして忘れ去られたのではないか、という不安を抱きはじめたとき、気だるそうなお姉ちゃんが「カンボジア〜」と言いながら歩いてきた。
時刻は6時半。30分オーバーだが、来てくれただけでも嬉しかった。
お姉ちゃんは我々を引き連れ、他の旅行代理店の前で待っている旅行者たちをピックアップしながら、一台の2階建て観光バスに向かった。カオサン近辺には小さな旅行代理店が無数にあるが、どこで申し込んでも大体は同じバスに詰めこまれるようだ。料金は代理店によって本当にまちまちで、前の席に座ったフランス人のヒッピーオヤジは100バーツを払ったといい、何と、後になって往復で1800バーツも払ったという日本人大学生も現れた。それはボラれすぎだろうって・・・。
乗車率120パーセントのバスが出発したのは結局7時半ごろだった。
車内では何時間かかるとか、ビザはどうなるとか、説明は一切無い。誰かが質問しても、乗務員(といってもタイ人の少年なのだが)からは的を得た答えは返ってこない。不安なバックパッカーたちの詰め合わせバスは、ただひたすらカンボジアとの国境を目指して東に進むのだ。
昼食を挟み、国境に着いたのは午後1時。
まずはタイ側で出国の手続きを行い、橋を渡ってカンボジア側に歩いて渡るが、そこはかなり様子が違った。ガリガリに痩せた人夫が重そうなリアカーを引く道路は舗装が剥がれて埃が舞っている。路肩にいるのは乞食の親子で、石像のように動かない親に代って子どもたちが必死に旅行者に乞うている。唯一立派なのはアンコールワットをかたどった入国ゲートだった。
国境付近というのは大体においてアヤシイ雰囲気が漂うが、それにしても長すぎた内戦の影を感じずにはいられない。何しろ一説によるとポル・ポト政権下では全国民の4分の1が虐殺され、しかもその多くが知識階級だったというから、その後の国力の衰退は想像に優しい。タイも決して富める国とは言えないが、国境の手前と向こうでは世界がだいぶ違うのだ。
ここで我々のようにカンボジアのビザが無い人は、バス会社が提携したガイドを通じて取得しなければならない。これが格安バスのカラクリの一つで、本来は1000バーツであるビザ代に100バーツの手数料を上乗せするのだ。昼食に寄った観光客向けのレストランからもマージンを得ているだろうし、目的地シェムリアップでは提携している宿の前で降ろされるらしい。そうでもなければ、12時間の距離を移動して80バーツではとても利益は出ない。
しかしビザ代の100バーツを含めてもまだ安いと思うし、コージ君によると国境で個人がビザを取得しようとするとワイロを要求され、逆に高くつく場合もあるという。異存は全くないので、ガイドにビザをお願いする。その間、すでに旅行代理店を通じてビザを取得していたグループはずっと待っていた。彼らも手数料を取られただろうし、きっと「先に取得しておいても意味ないじゃん」と思ったことだろう。
全員がカンボジア入国の手続きを終えたのは午後2時。ちなみに我々が申し込んだ旅行代理店では、シェムリアップ到着は午後2〜4時と言っていた。しかしこの国境は全行程のまだ半分、インターネットで調べた通り到着は夜になりそうだ。
カンボジア側の道は未舗装で険しく、とても大型のバスは走れない。そこで何台かのマイクロバスに分乗することになるのだが、それも一斉には来ないので、陽射しを遮るものがない広場で自分の番を待たなければならない。汗まみれの腕にはまっている時計を見たら、気温は36度を示していた。
30分ほど待ち、ようやく来た20人乗りのマイクロバスに乗りこむ。窓が少ししか開かない仕組みになっているため、動き出しても暑い。しかしその理由は走り出してすぐに明らかになった。砂埃がひどくて窓など開けていられないのだ。
カンボジアの道は噂通りのひどさだった。ダートと、無いほうがマシのガタガタの舗装の繰り返しで、時おり沼地や川を越える橋があるのだが、段差が激しいのでバスは通過するたびに尻を跳ね上げる。
しかしこれでもれっきとした国道で、交通量はけっこうある。先行する車の砂煙で前もよく見えないはずなのに、ドライバーはクラクションを鳴らし続けながら追い越しを繰り返す。急ブレーキをかけたり、他の車や歩行者に罵声を浴びせるのも一度や二度では無かった。
2時間ほど走って、やはりバス会社が提携していると思われるレストランで休憩する。カンボジアの物価を考えるとかなり高いのだが、それでも腹は減っているし、他に行くところもないので、仕方なくラーメンをすする。
レストランの周りには子どもたちがたくさんいて、外国人とみると「ハロー!ハロー!」と手を振りながらやってきた。しかし国境の子どもたちとは違い、何かをねだることはしない。村上さんの言っていたとおり、カンボジアの普通の子どもたちはとても純粋だ。
子どもたちに見送られたバスは、その後さらに3時間ほど悪路との格闘をつづけ、午後8時ちょうどに目的地シェムリアップに到着した。バンコクからは12時間半の道のりだった。
降ろされたのはバス会社の提携する「Moon Rise Guesthouse」の前。気に入らなければ他をあたっても構わないというが、その自信の通り部屋は清潔で広かった。料金も安いし、日本人も多く泊まっているので特に問題があるとは思えない。街の中心から遠いのが難点だが、どうせ遺跡に行くのにバイクを借りるかバイクタクシーをチャーターするつもりなので、さほど困らないだろう。一刻も早くシャワーで汗と埃を流したいので、迷わずにチェックインした。
夕食は宿で食べ、少しだけ日記を打って早めに寝ようとしたが、疲れすぎていてなかなか寝つけなかった。これで明日、アンコールワット観光ができるのだろうか?
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