タイ行き、エジプト・エアー864便は午後12時15分にカイロ国際空港を飛び立つ。2時間前には行っておきたいし、さらに時間のかかる市バスで行こうと決めていたので(タクシーに乗るための現金がもうないのだ)、午前7時に目覚ましをセットしていた。
しかし目が覚めたのは午前8時。バスで行くにはギリギリの線なので、あきらめてタクシーを拾う。そのためにわずか10ポンド(約300円)を新たにATMで引き出さなければならなかった・・・。
さて、エジプトで最後に乗るタクシー。人を選んで乗ったつもりだったが、ちょっとバトルがあった。
エジプトでは、先に料金のことを言い出す運転手は信用しないほうがいいらしい。気前良く「何ポンドで行ってあけるよ!」とかいう運転手は、必ずといっていいほど後でモメるらしいのだ。行き先だけを告げ、降りるときに相場の金額を黙って渡す。それがエジプト流なのだ。
マホトマ・ガンジーのような風貌の運転手は「空港までの相場を知っているかね?」と走り出してからすぐに言った。ちょっといやだな、と思いながらも「20ポンドだろ」と僕はいう。空港までは20〜25が相場、地元民なら15で行く距離だ。
「とんでもない。25はもらわなきゃ」とガンジーは言った。事前交渉は避けたいから、「もういい。他のタクシーを捕まえるからそこで停めてくれ」と僕は言った。面倒くさそうなタクシーはさっさと降りてしまった方がいい。
「わかった、わかった。20で行けばいいのだろう?」
「いや、もういいから停めて」
「いったい、お前は20で行くのか、行かないのか?」
「だからもういいって!停めろ、Right now!」
「なんなんだ、お前は。だから20で行くと行っているだろう!」
車内でしばらく口論が続いたが、他にタクシーを捕まえるのも面倒くさいし、時間もないし、このガンジーも根は悪い人じゃなさそうなので、結局そのまま乗ることにした。
しかし、その後も口論は続いた。
「まったく、あんたらが今日はじめての客なんだよ。おかげで今日一日、暗い気分になる」
「ああ、そうかい。そりゃお互いさまだね。俺の一日も暗くなるだろう」
「メーターどおりの金額で走ったって、メシは食えないんだ。このメーター料金は政府が勝手に決めたもので、現実に即していない。だいたい、メーター料金が上がれば誰もタクシーに乗らないだろう?(意味不明)」
「あのねえ、言わせてもらえりゃそんなの我々に関係ないの。相場の20ポンドも払えば十分だろう?」
「他の仕事ができれば誰もタクシー運転手なんかやらないんだ。我々が置かれている厳しい状況を理解してほしい」
「旅行者の厳しい状況だって理解してほしい。タクシーに乗るたびにこんな口論が待っているんだぞ」
その後、僕は日本語でなるべく感情的に文句を言った。そうすることで本気で怒っているということを示したかったのだ。するとガンジーは懐柔策に出たのか、あるいは僕なんかよりずっと大人なのか、その後は一転して穏やかな口調になった。
「・・・日本から来なすったか。ようこそ、エジプトへ」(今から出国するんだけどな・・・)
「アスワンに行かれましたか。私はあそこの出身です。家族もアスワンにいます」
「あそこに見るのは軍警察の本部です。あっちはシェラトン・ホテルです」
そして最後にまた、「タクシー運転手のおかれている状況を理解してください」(しつこい)
僕も、「旅行者の置かれている状況も理解してください」(負けじとしつこい)
そんなこんなでカイロ国際空港に到着。約束どおりガンジーに20ポンドを支払ってタクシーを降りる。結局はいいオヤジだったので、ちょっと反省する。だけどモロッコやエジプトにおいては、その人が善人かどうかは最後にならないとわからない。だから悲しいことだけど、疑ってかかったほうが無難ではあるのだ。
あの支店長おばさんのお墨付きをもらっているので(我々の予約データにその旨が書きこまれている)、搭乗拒否されることもなく無事にチェックインを済ませた。
最後に余ったポンドでシャーイを飲み(そこでも若干バトルがあった。いちいち書くのも疲れる)、エジプト航空のボーイング777に乗りこむ。アテネから乗った機体よりはるかに新しく、混んでいるにもかかわらず、まずまず快適である。
そして午後1時前、約30分遅れで機は離陸した。村上春樹の「遠い太鼓」を読んだり、あるいは寝ながら、我々は紅海を越え、インドを越え、インドシナ半島に近づいていった。
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