力石徹のダブル・クロスカウンターを受けた矢吹丈のように、朝からグロッキー。昨夜は私一人でワインを1リットルは飲んだだろう、二日酔いである。天気も良くないので、午前中は宿で大人しく日記を打っていた。
午後にサラエボ行きのバスの時間や(近日中にバイクを置いてボスニア・ヘルツェゴビナに行く予定なのだ)、イタリア行きのフェリーの料金を調べに行った後、宿に帰ったら地元の若い91年式DR800Sライダーが訪ねてきた。身長190cmはありそうな大男だ。
彼はおおむね自分のバイクに満足しているが、何しろドブロウニクではスズキのまともなメカニックがいなく(ホンダならスプリットにディーラーがあり、ヤマハはなぜかそこら中で走っている)、何か問題があったらその場しのぎ的に直すしかない。もしかしたら手放すかもしれない、と寂しそうに言っていた。
その後はヒロ君と一緒に松井さんの借りている部屋に行ってみた。本当はブランコの所に転がり込めばいいのだが、彼は母親と住んでいるので、彼女は一ヵ月の契約で別のところに下宿をしているのだ。
そこは、家財道具の無い旅行者は持て余してしまうほど広く、清潔な部屋だった。簡素だがキッチンや冷蔵庫、専用のトイレやシャワーもある。しかしホテルにあるような業務用っぽい備え付けのダブルベッド、壁についた中途半端にムーディな間接照明、そして生活臭の無さが何か別の場所を想像させ、そして私は「まるでラブホテルみたいだ」と正直に言ってしまった。するとヒロ君も「俺もそう思うとった」と言い、松井さんはまた笑っていた。
私はお土産に自分のホームページ全体のデータと、ウィスルバスターの体験版をコンパクトフラッシュに入れて持って行った(本当はいけないことかもしれないけど)。彼女はかつての私のように、ウィルス対策は何もしていないというのだ。
松井さんのバイオは私のC-1と違って、B-5サイズだった。ハードディスクは15ギガもあり(しかもCドライブとDドライブに分かれている)、CPUは500MHZで、そして16万円だったという。本当に、私が日本にいない間にどんどんとパソコンは進化し、かつ安くなっている。
さっそくウィルスバスターをインストールし、「全ドライブ検索」をかける。そして彼女に「ほら、これでウィルスが検出されれば教えてくれるんだよ」と説明したとたん・・・
「ウィルス TROJ_SIRCAMA.Aが検出されました。駆除、隔離に失敗しました」との画面表示。
今度は矢吹丈のフックをテンプルに受け、倒れるときに後頭部をボトムロープで打ったような激しい衝撃だった。松井さん、俺と同じウィルスに感染しているじゃん!
いや待て、もしかしたら私のパソコンにまだ潜んでいて、それがコンパクトフラッシュに入れたデータにくっついて来たのかもしれない。そうなれば私の責任だ。
確か、私のパソコンにダウンロードしたTROJ_SIRCAMA.Aの駆除ソフトがあったはず、と思って帰ってみたが、思い違いだった。あったのはニムダの駆除ソフトだった。
念のために私のパソコンに検索をかけてみたが、ウィルスは検出されなかった。どうやら私からの感染ではないらしい。
松井さんに怪しいメールについて心当たりを聞いたところ、彼女は思いっきり「ある」と答えた。まだデータに残っているというので見させてもらったところ、英語の文面で「元気?参考のために、このファイルを開けてね」とあり、拡張子が「.exe」の超ウルトラA級戦犯スパイ活動CIA、KGB、タリバンごちゃまぜ的に怪しい添付ファイルがくっついていた。しかも開くことには失敗したものの、彼女はそのファイルを開けようとしたらしい。
実際に開けられなかったとしても、私だってブダペストでどういうわけか、このウィルスに自動的に感染してしまったのだ。このメールが考えられる唯一の原因。まずは削除し、今夜はもうインターネットカフェもやっていないだろうから、対策は明日に持ち越す。
ウィルスの悪夢再来。しかも今回はインターネット事情の悪い(ブダペストに比べれば)、ドブロウニクだ。果たして私は、この憎き電脳インフルエンザの再挑戦に勝てるのだろうか。
悩む私の横でパソコンの持ち主である松井史織嬢は、「青山さんに任せておけば大丈夫だろう」と、相変わらず明るく笑うのであった。そして二面性を持つ私の心はそれをプレッシャーに感じながらも、自分のパソコンが原因じゃないと証明されたから、ホッとしているのであった。(問題のメールも、私からではない)
そうこうしているうちにヒロ君が出発する時間になった。彼もイタリア経由でギリシャに向かうのだが、週に一便のフェリーは火曜日の午後11時に出るのだ。
夕方から降り始めた雨は何とか小雨になっていた。ヒロ君は我々と握手をした後、ニットの帽子を被り、ナイロンのレインウェアを着て松井さんの下宿を後にした。
ヒロ君、メールをくれよ。そしてまた地球のどこかで会おう。君の気持ちいい博多弁が、また聞きたいのです。
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