ルーマニア紀行は予想以上に私の体力を消費した。ブダペストに帰ってからというもの、どこかに出かける気力もなく、午後1時〜4時の清掃タイムを除いてずっと部屋にこもっていた。そしてダラダラとメシを食ったり、酒を飲んだり・・・日記もたまりにたまっているのだが、夜は酒盛りに突入してしまうので、ゆっくりとパソコンに向かう時間がないのだ。
みんなが出かけている昼間が一番集中できるのだが、清掃のためのロックアウトが居残ることを許してくれない。
22日の夜は「効きワイン大会」なる企画を催した。偶然500フォリント(約220円)前後の赤ワインが3本揃ったので、同じデザインのワイングラス三つに同じ量だけ注ぎ、それぞれがどの銘柄か当てようということになった。
「違いのわからない男」を自覚し、自信のなかった私が3種類とも正解、そして「ソムリエを目指している」という(冗談だけど)、小林稔侍似の平野君は2種類の見分けがつかず、「くやしい」とビニールつきのソーセージをムシャムシャ食べていた。「それ、ビニールついているよ」と教えてあげたら、「何いってんスか。こりゃ豚の腸ですよ・・・あ、ビニールだ・・・」
酒が入ると人は時にムチャをするもので、ハンガリー名物の立派なパプリカを見た我らは、その中でラーメンを作るという暴挙に出たくなった。
ナイフで横に切り、その中にインスタントラーメンを半ヶ入れ、とき卵を注いでネギを散らし、5分ほどレンジでチン。「水分はパプリカ自体から十分に出るだろう」との農学部休学中・平野君の予想通り、ラーメンは適度に固さを残したまま茹で上がった。「パプリカン・ヌードル」と我らが名づけたその料理は、意外なほど普通に食べることができた。パプリカの甘味が卵とよく合うのだ。
うまいなあ、とパプリカ本体をムシャムシャ食べていた私は気づいた。こりゃ、パプリカだけで食べたほうが美味かったろう・・・。
24日には、やはり移動、移動でフラフラになった村上さんがルーマニアから帰ってきた。私と別れたあと、彼は上藤さんらと引き続きルーマニアのモルドバ地方をまわり、ハンガリー系の住民と出会って祭りに招かれたりして、とてもいい旅をしたらしい。やはり純粋なルーマニア人はハンガリー系住民の存在を認めず、行く先々で聞いてもなかなか彼らは見つからなかったが、ようやく出会えた時の感動はひとしおだったという。
その夜は「美味いフォアグラが食べたい」と料理人の登場を待っていたみんなのために、お疲れの村上さんが腕を振るってくれた。しかし、この間と同じ最高級、1キロ4800フォリントのフォアグラを買ったのに、まったり感だけで味に甘味が足りなかった。こんなに高い食材なのに当たり外れがあるとは・・・。ちなみに村上さんの名誉のために言うが、彼の調理方にこの前と差は無かった。
しかし今夜はフォアグラだけでないのだ。「贅沢するなら、とことんまで」と、ロシア産のキャビアとハンガリー名物の貴腐ワイン、トカイまで用意したのだ。
トカイはかのルイ14世が「これぞ王のためのワイン」と絶賛した、世界3大貴腐ワインのひとつ(あとの二つがどこの何ワインかは知らないが)。質や年数によって商品に6つのランクがあるが、今夜用意したのは泣く子も黙る最高級の6番。そして比較ができるようにと、一番安い1番まで買ってきたのだ。
貴腐ワインはある病原菌に感染し、特殊な腐り方をしたブドウからでしか作ることのできないワインで、普通のワインとはまったく違った、甘い、濃厚な果実酒である。まずは最低ランクの1番(といっても普段みんなが飲む赤ワインの2倍はするんだけど)を味わってみるが、単に甘いだけで深みがなく、水で薄めた杏子酒のようだった。これなら普段の安ワインの方がうまい。
次に金額にして1番の5倍、1988年ものの6番を試してみるが、まず色からしてまったく違う。濃い、琥珀色で、酒自体の濃度も高く、シロップのようなとろみさえ感じさせる。「年季が違うぜ!」と、飲む前から誇示しているのだ。そして口に含んでみると、最初は「甘〜っ」と海のような深さの甘味が押し寄せてくるが、後味にしつこくからむことはない。こりゃ1番とはまったく違う飲み物、例えるなら青二才とハンフリー・ボガードぐらい深みが違う。
ロシア産の本物のキャビアも、いつもスーパーで買ってくる偽物のキャビアとはまったく違った。いくらのように粒が大きく、塩味の効きが深かった。
フォアグラにトカイワイン、そしてキャビアと、とんでもない贅沢をしながら我々は深夜まで盛り上がった。隣で何が起きているか、知る由もなく・・・。
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