土曜日に仕事をしたトニーは月曜日に休みをとり、いろいろと私につきあってくれた。
まず私の愛車を、以前フロントタイヤを交換した大きなバイク屋に持って行った。前回トニーの家にお世話になったとき、彼の友達のアマチュアメカニックがオイル交換をしてくれたのだが、ドレンボルトとオイルフィルターキャップのボルトを強く締めすぎて破損してしまったのだ。
口ヒゲのしぶい店長曰く、ネジ山など簡単に再生できるのでノープロブレムだという。他に何かないかというので、ついでにブレーキ液も換えてもらうことにした。考えてみればメキシコ以来、約50000キロ無交換(!)なのだ。
夕方になってバイクを受け取りにいくが、店長が「フロントフォークにガタが来ている」という。なるほどセンタースタンドに立ててフォークを揺さぶってみると、前後に若干動く。「フィッティング(スライドメタルのことか?)」を換えないと、この先、遠くないうちにオイルシールがまた破れる恐れがあるらしい。部品は今日注文すれば明後日には届き、作業ができるというので、この際、本格的に東に向かう前にお願いすることにした。
明後日にまた走ってくるのが面倒なので、バイクはそのまま彼のところに預けた。
翌火曜日、トニーが仕事をしている間、私もリトアニアの雑誌に送る英語の原稿書きを本格的に始めた。どうせニュースキャスターのアグレさんがリトアニア語に訳すので、気の効いた表現を使う必要はないが、「4000字でリトアニアまでの道のり、印象的なだった国のことを述べよ」・・・なかなか難しい。いざ書き始めると、英語で4000字なんてアッという間だ。とりあえずダーッと書いて、あとで削ろう。
午後になってトニーが帰ってきて、私を行きつけの歯医者に連れて行ってくれた。ドイツで取れた前歯を治すためである。
簡単な作業なのでタダでやってくれたが、歯医者によると、さし歯を固定する金属の根元がダメになってきていて、そのうちまた取れるだろうという。根元、さし歯とも作りなおす必要があるらしい・・・保険に入ってから日本で治すか、やっぱりハンガリーのブダペストで治そうかなあ。
そう、ブダペストの歯医者は腕が良く、治療費も安いと旅行者の間で評判なのだ。中には日本に帰る前、わざわざブダペストに寄って歯を治す人もいるらしい。トニーもその事をよく知っていて、「俺も大がかりな歯の治療が必要なら、ブダペストに行くね」と言っていた。
そして家に帰ってきてテレビをつけたら、腰を抜かした。何じゃこりゃー!わが生まれ故郷、NYが燃えているではないか!
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イスラム過激派が4機の旅客機をハイジャックして、うち2機が世界貿易センタービル、うち1機がペンタゴンに突っ込んだって・・・こんなに「効果的」なテロが、歴史上あっただろうか?
他ならぬペンタゴンだぜ、米国国防省!これが戦争だったら、絶対に手の届かない相手だ。テロという奇襲攻撃が100パーセントの効果を発揮したわけだ。
ブッシュ大統領はTV演説で、「彼らはアメリカ国民を恐怖に陥れる事に失敗した。我々の威厳は揺るがない」と語ったが・・・CNNの世論調査によると、真珠湾攻撃を知っている世代を含め、半数以上の人が「人生で最大のニュースだ」と語っているという。
「自分の問題も解決できないくせに、他人のことばかりに口を出す」アメリカが嫌いなトニーは、「これでやつらもヒロシマ、ナガサキの人々の痛みが少しは分かっただろう」と言ったが・・・あのー、犠牲者の中に日本人もかなり含まれると思うんだけど・・・。
とにかく、旅客機が世界貿易センタービルに突っ込む瞬間の映像は、本当にぶったまげた。こりゃ、戦争だよ。今後、この事件がどう私の旅に影響するだろうか・・・?原油価格は高騰するだろうし、私はイランを抜ける予定なのだ。イスラム世界vsアメリカの本格的戦争、勃発か?
今後、アメリカがどう対応していくかによるな・・・。
ポーランドでトレブリンカやアウシュビッツの強制収容所跡を見たばかりの私は、ちょうど「あの戦争はまだ終わっていない」と考えていたところだ。ナチスのユダヤ人に対する憎悪は、そのままパレスチナ人に受け継がれ、問題は何一つ解決されていないように見える。
イスラム原理主義は、中東戦争でユダヤ国家(イスラエル)に敗北したことから生まれた。「偉大なるアラーのご加護があるはずなのに、なぜ負けたのだろう?」・・・考えた彼らは、一つの結論に達した。「アラーは御怒りなのだ。我々が古い教えに従わず、堕落したから試練を与えたもうたのだ。我々は西洋化、近代化してはならぬ。古き良き時代のように、ジハード(聖戦)に身を捧げるべきなのだ・・・」
彼らの行為は断じて許すべきではないし、どうやっても正当化できるものではない。しかし、「彼らは狂ったテロリストだ」と片付ける前に、なぜ彼らは狂ったのか、何がそうさせたのか、我々は考える必要がある。さもなくば、感情に身を任せたこの民族間の争いは、何世紀たっても解決しないだろう。
などとエラソーなことを考えながら、トニーとテレビに釘づけになる私であった。
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