旅の日記

スカンジナビア編その2(2001年8月12〜15日)

2001年8月12日(日) 北極圏に突入(Entering Arctic Circle)

 朝起きたら、青空が広がっていた。
 やった!ついに今までの苦労が報われる・・・と喜んだのもつかの間、すぐに低い雲が空を覆ってしまった。結局、また小雨の中の出発となった。

 フランシスは5分ほど前に出発したばかりだった。行き先が一緒なら2人で北上するのだが、彼はこのまま北の果て、ノルドカップを目指す。私は途中で西に向かい、ロホーテン諸島に寄るのだ。
 まあ、5分ほどの違いだし、すぐに追いつくだろう・・・と思っていたが、いっこうにフランシスの姿は見えない。ムキになって飛ばしているわけではないが、それでもワインディングを110キロくらいで走っているのだ。それでも追いつけないなんて・・・彼はあの20年ものの古いカワサキの500ccで、私と同じか、それ以上のペースで走っていることになる。恐るべし、ヘッドウェイター!

 フランシスに追いつけないまま、北極圏に突入。道路脇に記念碑と土産物屋、レストランがあった。

 北極圏の条件は夏に24時間太陽が沈まない日があり、逆に冬には24時間真っ暗な日があること。つまり完全な白夜が見られる、北極を中心とした円の領域のことをいうのだ。
 北半球では大陸が極に迫っているため、北欧もロシアも、アラスカもカナダも北極圏に入る。対して南半球では南米最南端のウシュアイアでさえも南極圏に遠く及ばず、なんと南極大陸でも外れる地域があるのだ。
 つまり今の状態を南半球に置きかえると、南極大陸に上陸するほど極に近いということになる。気温は約9度、寒いことは寒いが、緯度のわりに温かいのは、他ならぬ暖流のおかげである。

 北極圏に突入してしばらく走った後、国道6号を左に折れてSkutvikの町からロホーテン諸島行きのフェリーに乗る。あいにくとフェリーは出たばかりで、次の便まで2時間半も待たなければならなかったが、暖房の効いた待合室にはコンセントもあり、日記を打ちながら待つことができた。

 ようやく乗ったフェリーは約2時間の船旅だが、はやくも船の上からの景色が美しい。当然このあたりも氷河が作った地形なのだが、本土側もロホーテン諸島側も、氷河が削り残した荒々しい山々がそのまま小島になっており、夕陽に染まって北極海に浮かびあがる。

 そしてロホーテン諸島に上陸。無数の小島からなり、人の住む主だった島々は長い橋で結ばれている。
 私をこの地に向かわせたのは、ある旅人のひとことだ。南米最南端、ウシュアイアで一緒だったNoriさんが、「あっこは最高!」とメールで教えてくれたのだ。
 それ以来、聞いたことも無かった「ロホーテン」という地名は、私の頭に焼き付いた。「あっこは最高!」・・・どんな「あっこ(あそこ)」なのだろう。

 上陸した段階で、すでに午後9時。フェリーを降りたSvolvaerという町から見どころの集まる南に向かい、道路脇にテントを張れそうな場所があったので、今日はそこで泊まることにする。
 テントを張ってから気付いたのだが、地面は水をたっぷりと含んだ湿地で、座るとジワ〜と水が染み出てくる。巨大な蚊も寄って来たが、いまさら動く気にはなれない。銀マットを敷けば大丈夫、今日もインスタントラーメンを食べて寝る・・・野宿が続くと食生活が貧しくなるのだ。


本日の走行距離       473.2キロ(計56831.5キロ)

出費                   170NK  ガソリン
10NK  コーヒー
94NK  フェリー
計     274NK(約3610円 宿泊         ある湿地


2001年8月13日(月) 絶景!ロホーテン諸島(Beauty of Lofoten islands)

 ようやく天候が味方した。
 出発するころには曇っていたが、ロホーテン諸島の南の果てに近づくにつれ、青空が見えるようになった。

 ロホーテン諸島には小さな漁村が点在する。鮮やかな色の古い木造住宅が残っており、鏡のように穏やかな湾には、村とバックの山々が反射しているのだ。
 ため息ものの美しさである。これらの写真は展望台でも何でもなく、そんな村々の何でもない道路脇から撮ったものである。

 ロホーテンは観光地でもあるが、村の人々はれっきとした漁民、生きている村なのである。人々の生活と自然との調和が、ここにある。
  「世界で一番美しい村」、そんな言葉が口から漏れた。実際今まで走ってきて、ここほど美しい都市、街、村があっただろうか?
 こういう場所を見るために、私は走っているのだと感じた。Noriさんに言われなければ寄ることは無かっただろう。ありがとう、Noriさん!(今ごろはもう日本かな?)

 走り出すたびに次々と絵になる風景が現れるので、なかなか前に進めない。
 ロホーテン諸島の南端「A」(実際にはAの上に丸がひとつついている。何と読むかは不明)という町で引き返し、昨日のフェリー乗り場も通り過ぎ、諸島の北に向かう。諸島と本土は北側の橋で結ばれているが、南から来る場合はフェリーを使った方が早いので、昨日はそうしたのだ。

 橋を渡り、本土に戻る。するとまた雨が降ってきた。もう何日連続か、数えるのが無意味なことがわかった。この国は走っていれば必ず雨にあたる。それほど天候がコロコロ変わるのだ。
 午後10時ごろまで粘り、適当なところで道路脇の草地に入って泊まる事にした。これで野宿3泊目・・・寒いので汗はかかないが、そろそろシャワーを浴びたい。


本日の走行距離       617.4キロ(計57448.9キロ)

出費                   317NK  ガソリン
82.5NK  食材の買物
41NK  フェリー
60NK  有料道路
計     500.5NK(約6600円 宿泊         ある草地


2001年8月14日(火) 転倒!サイドケース破損(Crash!...breaking a side case)

 やってしまった。
 野宿した草地から国道に戻るとき、コケの生えた古い岩で滑ってスッテンコロリン。滑ったと思った瞬間、もうコケていたほど思いっきりだった。まるでマンガのキャラクターがバナナの皮で滑るように・・・。

 たいしてスピードは出ていなかったのでケガなどないが、左のサイドケースの止め金が取れてしまった。今までの転倒には耐えてきたケースだが、さすがに今回は固い地面にあたって壊れてしまった。
 しかしよくみると、破損したのは止め金を樹脂製のケースに固定するリベットだけで、止め金自体にもケースにも損傷はない。これからリベットを打ちなおすだけで簡単に直る。おそらく転倒した際にはリベットが折れてケースを守るよう、強度が設定されているのだろう。・・・壊れたが、ますますこのヘプコ&ベッカーのケースのファンになってしまった。
 止め金がなくても、タイダウンベルトとゴムひもの組み合わせでケースは固定できた。走りに影響はない。止め金はヘルシンキあたりで直そう。

 今日も天気は悪い。小雨が舞い、寒風が吹き荒ぶ。ノルドカップがここまで遠いとは・・・。
 Altaという最後の大きな町(といっても日本の村程度だが)で給油休憩をし、さらに北に向かうと、それまでと風景がガラリと変わった。
 穏やかな丘陵地帯になったのだが、あれほど視界を埋めていた針葉樹が、ノルウェーの森が、忽然と消えたのだ。生えているのは草ばかりで、たまにいじけた低い木があるくらい。もう針葉樹さえも生きられない土地になったのだ。この風景は・・・高度4000メートル強のアンデス山中に似ている。

 いよいよノルドカップまで100キロを残したOlderfjordという村に着いた。この村の分岐からノルドカップまでは一直線で、つまりノルドカップへ行ってもいずれこの村に戻る事になる。
 時刻は午後5時過ぎ、そして雨が降っている。今からノルドカップに行っても、ゆっくりと旅情にひたることはできないだろう。明日に延期し、今日は村でみつけたおばさんの小屋に泊まる事にする。家の庭に小さな小屋が並んでいて、簡素だがベッドと暖房と電気コンロがあり、もちろん温水シャワーも使える。料金は210クローネ(約2800円)、競争の少ない北部の宿泊施設としては良心的だ。
 約85時間ぶりにジャケットとジーンズを脱ぎ(最近は寒いので着てまま寝ていた)、ゆっくりとシャワーを楽しんで日記を打った。久しぶりに落ち着いた気になった。


本日の走行距離       435.8キロ(計57884.7キロ)

出費                   165NK  ガソリン
210NK  食材の買物
38NK  フェリー
計     413NK(約5450円 宿泊         あるおばさんの小屋


2001年8月15日(水) 北の果てノルドカップに到着!(Reaching north cape)

 朝一番でノルドカップを目指したかったのだが、大目標を前にノルウェーの通貨が残り少なくなってしまった。「郵便局で両替ができます」というノルウェーの郵政省の看板を見ていたので、朝10時半の営業開始を待って村の郵便局に行くが、「ここではできません」という冷たい答え。
 ノルドカップに向かう途中に銀行があるというので、そのまま出発する。こんなことなら郵便局が開くのを待たなければ良かった・・・。

 ノルドカップ(「北の岬」という意味)は、ノルウェー本土ではなく、島にある。本土と島は長さ7キロの海底トンネルで結ばれているが、このトンネルの通行料は往復124クローネ(約1600円)もする。そして本番のノルドカップは、別に入場料が175クローネ(約2300円)もかかるのだ。
 これらの分の手持ちが無くて困っていたのだが、銀行に寄るまでもなく、いずれもクレジットカードでの支払いが可能だった。そして入場料は、看板をよくみると学生割引あり。犯罪者ヅラの写真の国際学生証を見せると、なんと175クローネが100になった!

 そして北緯71度10分、ヨーロッパの北の果てノルドカップに到着。
 荒涼とした大地が、ストンと海に落ちている。高さ300mの北の果ての絶壁。岬から北極海を見下ろすと、穏やかな波の深い青が、どこまでもどこまでも続いていた。
 ここより北極点まで、わずか2000キロ。ロシアやグリーンランドなど、世界にはここより北極点に近い陸地はあるが、現実的にバイクで行ける北の果てとなると、(おそらく)ここになる。
 南米最南端のウシュアイアより、格段に「果てに来た」という感がある。より極に近いし、海に突き出た岬ということもある。そして何より、ここまでの雨と寒さの辛かったこと・・・それが今、報われたのだ。

 出発したときには小雨が降っていたが、ノルドカップに着いたとたん、青空がのぞいた。ロホーテン諸島の時と同じパターン、いったい天気は味方しているのか何なのか、よく分からない。
 岬には大きな地球儀の記念碑と、世界各地の7人の子どもたちがノルドカップに集まって作ったという「希望の碑」がある。7つの丸い碑はそれぞれが7人の子どもたちの作品だが、日本の女の子のものもあった。

 そして岬には最新設備のビジターセンターがあり、暖房の効いた快適な館内にはレストラン、ギフトショップ、周辺で撮られた映像を見せる映画館、郵便局などがある。
 ギフトショップで絵葉書を買い、メールアドレスを持たないオランダのオノ、ベルギーのグンタ、そしてスペインのフラガのキャンプ場の兄妹に送った。ここから出すと、特別な消印を押してくれるらしい。

 2日前のシケったパンにベーコン味のクリームを塗っただけの「最北端の昼食」を取ってから、ノルドカップを後にする。今度はひたすら南下だ。

 トンネルをくぐって本土に戻り、昨夜泊まった村も通り過ぎ、なおも南へ。
 そして200キロちょっと走ると、フィンランドとの国境に出た。ノルウェーとフィンランドを結ぶ主な国境なのだが、意外と静かで、両替屋も銀行もなかった。次の町の銀行のATMで引き出せたから良かったが。

 フィンランド北部に広がる森林地帯はラップランドと呼ばれる。
 湖こそ多いが、険しい山やアップダウンは少なく、ノルウェー側よりも走りやすい。ただしフィンランドに入国してからまた雨が降り始め、せっかく乾いたカッパや靴がまた濡れてしまった。

 うらめしげに空を見上げると、びっくりして言葉を失った。西の空の雲が抜け、夕陽が射し込んでいるのだが、煌々と照らし出された針葉樹林の上に180度の完璧な、しかも2重の虹が出ているのだ。
 まるでネオン管のようなはっきりした色。こんなに眩しい虹を、私は見たことがない。ラップランド、夜9時半の虹。私はこの風景も一生忘れることはないだろう。

 夜10時ごろまで走ったあたりで雨が上がり、まわりの土地も乾いてきたので、適当な林に入ってテントを張る。スウェーデンやノルウェーはブッシュキャンプ合法だったが、フィンランドはその限りでない・・・らしい。 まあ、見つかっても大目には見てくれるだろうと思いながらも、道路から見えない場所を慎重に選んだ。
 ノルドカップから300キロ下ってきたのだが、内陸に入ったせいか、大して寒さは変わらない。はやく暖かいところまで下りたい・・・。


本日の走行距離       533.7キロ(計58418.4キロ)

出費                   224NK  ガソリン
100NK  ノルドカップ入場料
45NK  絵葉書、切手
124NK  トンネル通行料
計     493NK(約6500円 宿泊         ある林