朝起きたら、グンタとタニアはフラフラだった。昨夜2人は友達たちと飲みに行き、私は家で日記を打っていたのだが、午前2時まで待っても彼らは帰ってこなかった。何でも朝方まで盛り上がり、すっかり飲みすぎたらしい。2人とも夏休み最後の土曜日だったので、ハメを外したのだろう。
具合の悪そうな2人に見送られて出発する。おそらくこの後、2人はまた寝るのだろう・・・。
次の目的地はオランダのオノの家。グンタとタニア同様、スロベニアで知り合ったモトグッチ乗りだ。彼の家はオランダ南部のクルンボーグという町にあり、国境近くのグンタの家からは約200キロの道のり。
ベルギーもオランダもガソリンが高いかわりに高速道路がタダなので、アントワープからオランダに向かう路線に乗った。すると思ったよりも早く、正午前にオノの家に到着。
オノは昨年家を買ったが、古い家なので自分でコツコツ直しているそうだ。グンタもそうだったけど、欧米人は自分で家を建てたりリフォームしたりするのが好きだ。ところどころコンクリートが剥き出しで、完成まであと半年はかかりそうだが、自分の手で少しずつ作っていくのはさぞかし楽しいのだろう。
オノはこっちが疲れるほど明るく話好きで、友達が多い。私が到着した時も近くの夫婦がお茶を飲みに来ていたし、その後も隣町のモトグッチ乗りがやって来た。
友達たちが帰り、2人でサンドイッチを食べたあと、さっそくオノが近郊の見所を案内してくれた。
オランダといえば風車である。クルンボーグの町はレク川のほとりにあるが、この川の下流には古い風車が20基ほど並んだキンデルダイクという場所がある。世界遺産にもなっている観光名所だが、実は私は20年ほど前、ここに来たような記憶がある・・・そうだよね、青山家の人々?
堤防の上をずっと走り、キンデルダイクに到着。晴れわたった空から太陽は容赦なく照り付け、湿度もかなり高いが、オノと風車を見て回った。
キンデルダイクの風車は粉をひくのにも使われたが、干拓地から水を汲み出すのが主な役目だったという。国土の4分の1が海抜よりも低いオランダの歴史は、限りない洪水との闘いの歴史でもある。
長い年月をかけて国土を改良したオランダ人は辛抱強いと言われるが、今では「スイス人と並んで世界で一番生産性が高い」と自負する。オノは週に33時間しか働かないが、それでも十分に生活はやっていける。多くの人が週40時間以下の労働時間であることは、オランダ人の誇りだそうだ。彼らに言わせれば、アメリカ人も相当に生産性が低いらしい。じゃ、日本はどうなるのよ・・・。
スイスもドイツもベルギーもそうだったけど、ここら辺のヨーロッパは(そしてこれから行く北欧もおそらくそうだろう)、人々の生活水準が非常に高く、おそらく世界でもトップだろう。トニーもステファンもグンタもオノも、いわゆるエリートではなく、平均的な職業の人たちである。それが日々、余裕を持ちながら仕事をし、余った時間に庭付きのマイホームの手入れをしたり、好きなバイクをいじったりする。そして夏休みは2〜4週間ほど取り、他のヨーロッパ諸国を回ったりするのだ。
ドイツの日記で書き忘れたが、ドイツでは法律でスーパーマーケットを含む商店は土曜日は半日営業、日曜日は閉めなければならない。じゃあ、いつ買物をするのよ?と日本の常識で考えてしまうが、平日の仕事のあとにちゃんと買物をする余裕があるのだ。
これに比べると、日本が一流の経済国とはとても言えない。個々の犠牲の上に成り立っている数字なんて、まやかしでしょう。貧乏ヒマなしとは、よく言ったもんだ・・・。
そんなことを、風車を見ながら考えていた。
帰りに近郊の古い村々に寄ったが、バイクでも車でも何でも古いものが好きなオノは、そういうのを見ると停まって、句読点を入れない長い説明を始める。「ワーこの車は50年代のイタリアの車で今は東欧でライセンス生産されているんだけどここのフェンダーのラインが美しくだろううんうんやっぱりいいなあ欲しいなあ・・・」
キンデルダイクの近くの村には草ぶき屋根の古い家が並ぶが、ていねいに手入れがされており、庭には色とりどりの花、そしてミニチュアの風車が置いてあったりしてかわいい。住人はかなり保守的なカトリックが多く、日曜日には2回教会に行くという。言われてみると、黒い服で歩いているお年寄りの姿がチラホラ見られる。教会によって違うが、中でもより保守的なところでは自転車や車などの「近代的な乗物」で教会に来る事を禁じているという。5キロ離れていても、日曜日には歩いて2往復するのだ。
アメリカのアーミッシュの人たちを思い出した。オランダといえばソフトドラッグ解禁、売春合法などリベラルな面ばかり思い浮かべるが、こういう人たちもいるのね。
いろんな村を回って家に帰ったら、ベルギーから走ってきたことあって疲労困憊、体ボロボロ。コックとして船に乗っていたこともあるオノの作ったパエリアを食べ、ウイスキーをちょっともらって、寝た。
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