旅の日記

スロベニア編(2001年7月12〜14日)

2001年7月12日(木) リブリャーナでオノに会う(Meeting a Dutch rider)

 新しい低気圧が来たのか、テントが吹き飛ばされそうな風で起こされた。雨だったら出発延期だが、幸いまだ風だけのようだ。苦労してテントをたたみ、ベネチアのキャンプ場を出発。

 ベネチアからはアドリア海沿いに東へ。数日前には行く事はもちろん、存在すらもよく知らなかった隣国スロベニアに行ってみることにしたのだ。
 最近はいわゆる西側諸国がまとめて収められた「地球の歩き方・ヨーロッパ編」を活用していたのだが、そろそろ東欧のことも考えておくかと、ベネチアで「中欧編」をパラパラめくったのだ。この前日本から持ってきた、いわゆる旧共産圏の東欧諸国を網羅している版だが、それにはイタリアの東の国スロベニアが詳しく載っている。それによると同国は小さいが、とても美しい国だという。
 ・・・よし、次に人と会う約束はドイツで21日だし、まだ時間はある。いっちょ行ってみるべえ!と決めたのだ。

 ベネチアからスロベニアの首都リブリャーナまで最短ルートを通ると、Goriziaという場所の国境を通る。そこまで約120キロ、正午前には到着した。
 さっそくACI(イタリア自動車クラブ)の事務所に行ってみると、意外にしっかりしたオフィスで、ベネチア事務所で言われたとおりグリーンカードの延長ができるという。ただし今日延長すると期限が今日からになってしまうので、私の保険が切れる20日ギリギリに来た方がいいと言われた。なお、延長は最長で45日までしかできないという。45日で17000リラ・・・日割りにするとスペインよりも高い!延長できるだけましだが、それにしてもやっぱりポルトガルでやっておくべきだった。

 スロベニアは旧ユーゴスラビア連邦の一部だった国。今までのEC国同士の国境とは違い、ここでは簡単なパスポートチェックがある。国境の両側にはサービスエリアのようなところがあり、レストランやカフェのほか、両替屋もあってスロベニアの通貨トラールが入手できた。
 久々にパスポートにスタンプを押され、無事スロベニアに入国。ちなみに同国がこの旅で記念すべき30カ国目。ワー、パチパチ。

 国境からリブリャーナまでは100キロちょっとの道のりだが、さすがに初めての東欧、勝手がよくわからない。安全策で、料金さえ払えば一直線に連れて行ってくれる高速道路に乗った。
 道路はアルプスの東南部、ジュリア・アルプスに沿って走っていて風景が美しいが、山から吹き降ろす風が強烈で、まるでパタゴニアにいるみたい。雨こそ降らないが、空は厚い雲で覆われていた。

 午後3時ごろに到着した首都リブリャーナは人口30万人弱、日本でいえば地方都市くらいの大きさだ。
 第一印象は、静かな街。スロベニアは旧ユーゴの中でも独立紛争の戦火をほとんど受けず、もともと連邦内でも経済的に豊かな地域だったから、10年前の独立後もわりとすんなりと民主国の仲間入りを果たしたようだ。街を歩く限りでは共産党支配の暗い影やバルカン半島の紛争の影響など感じられないが、街の雰囲気が大人しく、どこかアカ抜けない。そこらへんがイタリア以西のヨーロッパと大きく違うところだ。

 スロベニアも観光に力を入れており、リブリャーナの郊外にもキャンプ場はある。さっそく行って見ると、青い芝生に覆われた広く静かなキャンプ場で、プールも電気も使えて料金は約5ドル。物価の安さも東欧を意識させてくれる。

 テントを張ったあと、一休みしながら「地球の歩き方・中欧編」を読んだら、さらに隣のクロアチアに行ってみたくなった。しかし、今から行って21日までにドイツとなるとかなりの強行軍になる。さんざん迷ったが、やっぱりあきらめた。北欧から下ってくるときに改めて行こう。

 リブリャーナに食事に出て、街を散策してスーパーで買物をして帰った。市内の大通りにはタンクバックをつけたままの黒いバイクが止まっており、無用心なヤツもいるものよのう、と思って見ていた。

 キャンプ場に戻ってテントにいると、一人の男が「やあやあねえねえ、どこから来たの?」といきなりテンション高く話しかけてきた。
 彼の名前はオノ。「小野」ではなく、「斧」と同じ発音だ。オランダ人の発電所職員で、夏休みのいま、オランダからイタリアの名車モトグッチで走ってきたという。相当のモトグッチ狂いで、それがいかに楽しいバイクか語りだしたら止まらなくなった。みると彼のモトグッチはさっき市内でみた、タンクバックをつけたままのあの黒いバイクだった。

 オノは相当なおしゃべりである。モトグッチのことだけでなく、なんでも話し出したら止まらない。英語がとても堪能だが、あまりに早口でよくわからない。句読点をほとんど入れない感じで話し、文字に起こすとこんな具合だ。
 「そうそうこの間オランダのテレビでやっていたんだけどほらエジプトのツタンカーメンっているじゃないそうそうあのミイラの(息継ぎ)それである科学者がミイラの毛髪を分析したらなんとコカインの反応がでたというんだもちろん精製されたコカインじゃなくコカの葉だとおもうんだけど北アフリカには当時なかったからきっと南米からの使者がもってきたはずだというんだ(息継ぎ)いやあすごいねえ感動したよ当時すでに大西洋を越えて文明の接触があった可能性がでてきたんだそうそうウイスキー買ってきたんだ飲む?」・・・。

 彼は私のテントに夜8時ごろやってきて、「あ夕食まだだったんだレストランまだやっているかなあちょっと見てくるねえ」と10時半に去るまで話しまくった。 ふう、これで一休みだぜと思ったら、「よかったよかったまだやっていたよ閉まる寸前でなんとか二人前料理を頼んだから行こう」とすぐ戻ってきた。
 さっき食べたんだけど・・・しかし彼の勢いに押され、キャンプ場のレストランに場所を移して第2ラウンド開始。

 食事をしながらもあいかわらずオノは話しつづけたが、久々のファストフード以外の外食は思ったより美味かった。彼と一緒じゃなかったら、食べる機会は無かっただろう。
 午前0時、レストランの店主の視線に堪えかねて、「そろそろ閉めたがっているみたいだから、行こうか」と私がいうまで、オノは話しつづけた。さらに勘定を済ませてテントに戻ろうとしたら、「俺はもう一杯ワインを飲んでから寝るよじゃあ明日の朝またねえ」と、またワインを注文していた・・・。
 いいヤツで面白いのだが、ちょっと疲れる。明日は彼とブレッド湖まで走る約束をしたが、さて、どんな珍道中でしょう?


本日の走行距離         278.1キロ(計49301.5キロ)

出費                  52000L  ベネチアのキャンプ場2泊
   3600T  ガソリン
   830T  高速道路
   770T  マクドナルド
   743T  食材の買物
   1900T  夕食(肉料理)
計       52000L(約3070円
       7843T(1ドル=250トラール、約3760円
宿泊         Camping Jezica


2001年7月13日(金) ブレッド湖畔をモトグッチで走る(Riding a Moto Guzzi)

 あいかわらず続くオノのおしゃべりを聞きながら朝食を食べ、ブレッド湖に向けて二人で出発。
 ブレッド湖は周囲6キロほどの小さな湖だが、山々からの雪解け水を豊かに湛え、「アルプスの瞳」と形容されるほど美しいという。スロベニアきっての景勝地であり、旧ユーゴを支配したチトー将軍もいたく気に入って湖畔に別荘を構えた。ちなみにその別荘は今では高級ホテルとなり、昭和天皇も泊まったことがあるとか。

 湖までは約50キロだが、詳しい地図を持つオノが先行して山をぬう田舎道を走った。昨日の雲はすべて流れ、青空のもと緑の山々や咲き乱れる花が眩しい。最高のツーリング日和だ。

 正午ごろ到着。まずはカフェで一休みしてから、高さ100mの断崖に立つブレッド城に登ってみる。城というよりは屋敷だが、ここからは眼下のブレッド湖が一望できる。
 確かに水は澄んでおり、湖面は鏡のように穏やかだ。湖の南側には小さな島があり、そこに立つ教会の尖塔がはっきりと見えた。湖畔にはホテルが並ぶが、そんなに人も多くなくて静かである。対岸にはスキー場もあり、冬はウインタースポーツで客を呼ぶらしい。

 「地球の歩き方」には歩いて登るしかないと書いてあったのに、城の正面に回ったら車道が来ていた。信じてふもとから歩いたら、たいへん疲れてしまった・・・。

 昼食にピザを食べたあと、湖からさらに20キロほど奥の滝を見に行った。道中、オノがぜひ乗ってみろというので彼のモトグッチと私のDRを交換した。
 彼のモトグッチは1000ccL型2気筒の横置き。つまり、前からみると左右にシリンダーヘッドが突き出している格好になる。DRよりはコンパクトで重心も低く、乗るのに恐怖は無いが、実はリッターバイクに乗るのはこれが初めて。初リッターバイクがモトグッチなんて、なんて贅沢なんでしょう。

 さて、走り出して見るとドロロン、ドロロンというLツインの鼓動がたまらない。トルキーな加速感がとってもいいのだ。
 しかし問題点が二つ。調整しなかったからクラッチがとてつもなく遠く、指がほとんど届かない。そしてブレーキの効きがあの牛次郎並みだ。最近の日本車ばかり乗っている身には、このストッピングパワー不足は恐ろしい。
 しばらく走って交換しなおしたが、「指を2本鼻に入れたままでも走れる」とオノが形容したほど、わがDRは走りやすかった。やっぱり日本車は簡単だ〜。

 滝ではベルギーから来たグンタとタニアというカップルに出会った。
 彼らは車でKTMを引っ張ってきて、ここらの山を走って楽しんでいるという。KTMはオーストリアのオフロードバイクの名門だが、グンタはこの640ccのバイクを完全にオンロード用にモデファイ。フロントフォーク、ブレーキをホンダCBR900RRのものに換え、前後ともワイドなホイールに「2000キロしかもたない」という高グリップのレインタイヤ(!)を履かせている。排気系も当然いじり、68馬力も出るというのだ。もとが重量140キロしかない軽いバイクだから、ワインディングは無敵だろうなあ・・・。

 4人でビールを飲みながら、バイク談議に花を咲かせた。オノのオランダの家に遊びに行くのは当然だが、グンタとタニアもベルギーに来たら泊まりにこいと行ってくれた。バイクに乗っていると、どんどん友達が増えていくので嬉しい。

 帰りにもう1回ブレッド湖を通ったら、島の教会やブレッド城が夕陽に映えてとてもきれいだった。ヨーロッパ中を走っているオノでも、ここほどきれいな所はなかなか無いと言う。
  ・・・スロベニア、来て良かったなあ。この一瞬のためにだけきても、十分にその価値はある。忘れられない風景が、また一つ増えた。


本日の走行距離         220.3キロ(計49521.8キロ)

出費                    150T  コーヒー
   500T  ブレッド城入場料
   1000T  昼食(ピザ)
   300T  滝入場料
   2000T  夕食(スパゲティ)
計       3950T(約1900円
宿泊         Camping Jezica


2001年7月14日(土) リブリャーナの休日(Day off at Ljubljana)

 スロベニアには世界で3番目に大きい鍾乳洞があり、観光の目玉になっている。今日はそこに行こうかとも考えたが、最近の観光/移動とオノの話を聞いた疲れがたまっているので、ヨーロッパでも屈指の居心地の良さを誇るキャンプ場でゆっくり過ごすことにした。

 朝から午後にかけて日記を打ち、夕方になってリブリャーナ市内のインターネットカフェへ行ってみる。市内には2ヵ所カフェがあるのだが、いずれも閉まっていてホームページの更新を断念。やはりベネチアまで戻らなければならないみたいだ。
 帰りに市内を見下ろすリブリャーナ城に登ったら、夕陽に染まる街がきれいだった。

 夜になって、今日も山に走りに行っていたオノが戻ってきた。また一緒に夕食を食べ、バーにビールを飲みに行った。37歳の発電所職員、おしゃべりでちょっと下品だけど、気の置けない面白いヤツだ。今日は彼が格闘技マニアであることが発覚、そのネタで話が止まらなくなった・・・。


本日の走行距離          21.5キロ(計49543.3キロ)

出費                   1000T  朝食(コーヒー&パン)
   120T  アイスクリーム
   2150T  夕食(巨大なハンバーグ)
計       3270T(約1570円
宿泊         Camping Jezica