早朝、きっと日の出ツアーで来たのだろう、欧米の団体旅行者が宿にやってきて騒ぐ声で目が覚めた。時間はまだ6時前である。小さな宿には寝ている客が他にもいるのに、「こんな朝早くから行動するなんておかしい。人間は5時間の睡眠が必要なんだ。昨日は2時間しか眠れなかったじゃないか」と大声でガイドと口論している。あのー、だからと言って他の客の睡眠時間を削らないで欲しいんですけど・・・。
しかし、宿のベルベル人の若者が「まだ寝ている人たちがいるので、静かにお願いします」と言ってくれた。砂漠の民はいい人たちが多い。
風は弱くなったものの、まだ止んではいなかった。朝食を食べながら待つが、時間がたっても好転する保証はない。ラシッドを乗せて宿を後にする。
エルフードに戻る前、ラシッドが巻いているようなトゥアレグ族の藍染めのターバンが欲しかったので、メルズーカの村に連れていってもらう。
メルズーカは、まるで砂に埋もれたような村だった。ラシッドは、この村に砂漠の部族との交易の責任者であるシェフという男がいるので、彼の所にいこうと言う。シェフは砂漠の民が作った絨毯などの民芸品を食料や生活必需品と交換し、直売もするが、各都市の店に卸すこともするのだという。
シェフは意外と若く、私よりも若く見えた。さて、彼の店での様子は私の独話形式でどうぞ。
・・・おお、あったあった。目当のターバン。青いなあ、きれいだなあ、かっこいいなあ。
なに?衣装もあるの?なるほど、上からスッポリ被るのね。いや、でも要らないよ。というより暑いよ、脱がして。そうそう。あ?ミントティーくれるの?ありがとう、ズルズル。
お、カーペット?いや、きれいなのはわかるけど、要らないってば。いやいや、広げなくていいよ。何?部族によって色とか違うわけ?ははあ、一人の女性がラクダの毛と絹で何ヵ月もかけて織るわけね。模様の一つ一つにも意味があって、はあ、これが東西南北の印、これがテント、これがオアシスを意味するわけね。なるほど、自分の人生を織りこむわけね。それで年とって目が悪くなると、引退する前に最後の一枚を織るわけか。ああ、なんか最後の一枚シリーズは切ない色つきだねえ。
なるほど、でも要らないってば、どうやって持ってくのよ。俺はバイクなのよ。ズルズル。お茶、うまいねえ。
送ればいいだって?でも送料だって高いでしょ。何?日本人もいっぱい送ってるって?なになに、これがその帳面?なるほど、日本に向けて発送した郵便局の控えが貼ってあるねえ。でも、みんな送料だけで数百ディラハム(数千円)かけているよ。じゃ、カーペットはもっと高いってことでしょ?だって3000円のカーペットに5000円かけて送るわけ無いもの。
え?俳優も買いに来た?写真がある?おっ!知ってるかって、知らないわけないじゃない。これ、福山雅治じゃん(フクヤママサハルって字、合ってます?)!うおお、こんな砂漠まで来たわけ、彼が?TV番組の取材かなあ。君、彼からボッたんじゃないの?
なに?とっておきの一枚がある?・・・おー、トゥアレグの藍染めの小さなカーペット、かっこいい。いや、いいよこれ。今までで最高。だけどね、お金ないって。
え、3500ディラハムで良いって?やっぱり高いじゃん。まあ、初値はそんなもんだろうなあ。じゃないと、わざわざみんな数千円もかけて日本に送らないよ。いい?俺が払えるたって、せいぜい500ディラハムくらいの金額だよ?ほら、あきれたでしょ?いや、500でこれを買おうとは思わないの。砂漠の女性が2、3ヵ月かけて織った訳でしょ?苦労わかりますよ。たぶん3500で始まって2000とか1500で話がつくのだろうけど、俺のいいたいのはその金額になったとしても買わないってことよ。ほんと。
3000にする?いや君、人の話聞かないでしょ。ノーサンキュー、ノンメルシィ、ノーグラシアス、結構です。たとえ1000になったしても、俺は買わないってば。え?ラシッド、値切りすぎだって?いや、買うつもりはないの。たとえ1000でも買えないってことよ。1000にしろってことじゃないの。
ちょっと!何、奥に行って他の店員と相談しているのよ?
え、負けた?何、握手求めているのよ?買わないってば。はい?ターバンつきで1000でいい?本当に?いや、買うつもりで言った金額じゃないってばさ・・・。
(しばし茶をズルズルすすって迷う)
わかったよ。せっかくだから買うよ。だってこれ、いいもの。この商談もいい思い出になるし。何、ラシッド、1000で買ったのはいい買物だって?本当にそう思う?結託してるんじゃないの?でもたぶん、普通の日本人はもっと高く払っていると思うなあ。何せ、郵便局の控えだけで数百だからねえ。
いや、自分で持ってくよ。スペインから船便で送るから、たたんで包んで。え?ノートに宣伝を日本語で書いてくれって?わかった、わかった。書いてあげるよ。「値切り倒してごめんなさい。でも、いい品ですねえ」、はい、これでどう?
はいはい、これ、1000ディラハムね。キャッシュで。メルシィボクー、ありがとね。それじゃ、さいなら・・・。
かくして私はターバンとカーペットを衝動買い。ま、でも砂漠の真中で、本当にアラブの商談でしたわ。(シェフもベルベル人だけど)
メズルーカの村を後にしてラシッドとエルフードまで帰る。メインのルートを使ったので、さほど苦労はなし。ただ1ヵ所だけ、後ろから押してもらった。
午後12時すぎにエルフード着。もっと風が弱ければ、砂漠でゆっくりしたかったのだけど。
預けていた荷物を受け取り、とりあえずドライブチェーンの掃除だけする。このままだと砂をかんで痛むだろう。そしてラシッドと約束していたとおり、彼のノートに日本語でオススメの言葉を書いてあげる。「この人は信用に値する人です」・・・。
約束の700ディラハムに、気持ちの分だけ50を上乗せしてラシッドに払う。そして固く握手をして別れた。ありがとうラシッド、君を乗せてサハラを走った事は最高の思い出だよ。やはり一人ではあの砂漠は走れなかった。君のような人の努力で、この国が変わる事を願っています。
さて、エルフードからは西を目指した。アトラス山脈沿いに東西に伸びるこの道は「カスパ街道」といわれ、かつてアラブ人の支配から逃れて南下してきたベルベル人たちが築いた古い村やカスパ(城塞)が点在する。
160キロ走り、ティネリールに到着する。昼食を食べようとするが、どうも怪しい人たちが近づいてきて嫌になる。この付近にもトドラ谷という見所があるのだが、あいにくと小雨がパラついてきた。西の空は明るいので、ここで止まらずにもっと進むことにした。
ちょっとだけ雨に降られたが、考えどおり西に進むと雲の下を抜けた。絵になるような景色はあるのだが、なんか面倒になってそのままワルザザートの町まで飛ばしてしまった。
到着したのは夕方、ガイドブックで目星をつけていた宿に入ると、金額も部屋もバイク駐車場も完璧の宿だった。宿探しがこんなにうまくいくと嬉しい。
おまけに日本人の女の子が2人いた。これから食事に出るというので、一緒に行く。
すると、彼女たちはホテルの前の車に乗り込んだ。彼女たちはマラケシュでドライバー兼ガイドを雇ったのだという。なるほど、ムッツリしたガイドがいますわ。なんでも、契約する際に彼の宿代と食事代のことを確認しなかったそうで、ちょっと険悪になっているということ。・・・たいへんですなあ。
私も車に乗せてもらってレストランまで行くが、ドライバーが案内したのは高級な所だった。3人で高いと文句を言って安いところに連れていってもらうが、そこは「地球の歩き方」にも載っている、日本語を話す主人がいるところだった。
そしてそこにはもう一人、日本人の男性がいた。まー、いるところにはいるもんだ。今までモロッコで一人も日本人を見ていなかったのに・・・。
4人で話をしながらタジンを食べた。そして近くに珍しく酒を売るスーパーがあるというので、みんなでホテルに帰ってワインを飲もうということになった。
そしてスーパーに入ると、なんと加藤茶がいた!ほんと、そっくりである。おまけに「ペッ!」や「ちょっとだけよ」をしてくれる。・・・恐るべし、モロッコ。この店には在モロッコの日本大使まで来て、一緒に写真を撮ったそうだ。うわー、本当に日本大使館から写真が送られてきているよ。
モロッコ産のビールとワインを買って4人で飲んだ。ビールはイマイチだったが、ワインはまあまあいけた。メクネス周辺がぶどうを育てるのに最適の気候で、ワインも作られているのだという。イスラムでは酒を禁じているので一般の人が飲む事はまず無いのだが。
ワルザザートの町とこのホテルはけっこう気にいった。日記もたまっているし、明日はもう1日滞在してゆっくりパソコンに向かおう。
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