旅の日記

アルゼンチン・パンパ南下編(2001年1月27〜29日)

2001年1月27日(土) アルゼンチン入国(Entering Argentina)

 朝方、ひどい雨が降っていたので出発を延期しようかとも思ったが、時間が経つにつれて天候は回復してきた。昨日の電話屋に行ってメールの送受信だけ行い、プエルト・モンを後にする。思い残しはカニを食べていない事だが、カニは南米最南端のウシュアイアでも食べられるのだ・・・。

 さて、プエルト・モンから南、チリの国土はまだまだ続くのだが残念ながら道が無い。未舗装路とフェリーを繋げばあと少しは南下できるのだが、早くウシュアイアに着きたい私はオソルノまで戻り、そこから東に折れてアルゼンチンに入国するルートを選んだ。アルゼンチンに入れば広大なパンパ(平原)を延々と南下するハイウェイがある。
 出発して3時間ほどで美しい森の中にある峠の国境に到着した。両国の係官ともカルネ(通関書類)の扱いに慣れており、手続きは簡単だった。国境付近で小雨に降られたが、アルゼンチンに入国して山を下るとふたたび青空が広がった。

 今日の目的地は美しい湖に面した一大リゾート地、バリローチェと決めていたが、夕方ごろ到着すると思ったほど街はきれいじゃ無かった。(たまたま通った場所だけかもしれないが)
 別にバリローチェにこだわる必要もないので、さらに進む事にする。しかし20キロほどいくと湖に面した静かなキャンプ場があったので、今夜はそこに泊まることにした。

 テントを張ると目の前には鏡のような湖、そして対岸には頂に万年雪をのせた山々がそびえている。なんて贅沢なキャンプ場だろう。残念ながら近くにスーパーなど無いので(あったら逆に幻滅かも)、夕食は塩かけ白米と味噌汁のみだった。しかしキャンプ場の受け付けでワインを売っていたので、1本買って赤く染まる湖を見ながら飲んだ。とても穏やかで美しいひとときを過ごした。
 しかしこれから南、もっと美しい景色が待っているに違いない。


本日の走行距離        372キロ(計33811.3キロ)

出費                   500P   インターネット
   8000P  プエルト・モンの宿2泊分
   8400P  ガソリン
   5P  キャンプ場
   3P  ワイン
計       16900P(約3320
        8P(1アルゼンチンペソ=1ドル、約880
宿泊         Camping Los Banqueanos
インターネット Centro de Llamados


2001年1月28〜29日(日、月) パンパを激走!2日で1750キロ(1750kms in 2days)

 この2日間は何かにとりつかれたように走った。とにかく早くウシュアイアに着きたい、それだけの思いで私はアクセルをひねり続けた。そして走った距離は1750キロ・・・これは札幌から屋久島までの直線距離に匹敵する。しかし条件に恵まれ、思ったほどは疲れはしなかった。

 28日の朝10時ごろ、キャンプ場を出発。南米の南端に広がるパタゴニア地方は風が強くて有名だが、このあたりはまだ山がちで、したがって吹きさらしということは無い。天気も良く青空が広がり、道の両側には花が咲き乱れ、遠くには雪山が。バイク日和の中をガンガンと走った。
 牛次郎でアルゼンチン北部を走ったときにはガソリンの高さ(日本並みか、それ以上)に閉口したが、パタゴニア地方では税務上優遇されているらしく、チリと同じくらい(リッター60〜70円ほど)。さらに南下するともっと安くなるらしい。けっこう安心した。
 28日の夕方、狭まった南米大陸を横断して大西洋に出た。昨日の朝まで太平洋側のプエルト・モンにいたというのに、早いなあ。
 カレタ・オリビアという海に面した町で日が暮れてきたので、そこのガソリンスタンドの庭先にテントを張らせてもらう。アルゼンチンは物価が高いので、うかつに宿に泊まれない。枯れたオリビア?そういえば、オリビア・ニュートンジョンって何やってんだろう?
 それにしても今日の走行距離は885キロ・・・あと少しで1000キロの大台だが、10時間でこのペースなら悪くないはずだ。

 29日は早めに目が覚めたので、朝8時に出発することができた。
 ここまで来るとさすがに山は無くなり、見渡す限りの大平原となった。いよいよパタゴニア名物「停めたバイクを倒すほど」という強い風の洗礼を受けるか、と覚悟したが、走り出しても全く風は感じない。それどころか、それほどアクセルをひねっていないのに120キロ、130キロとどんどんスピードが上がって行く。なのにほとんど風圧を感じない・・・?
  まわりを見ると、草が私の進む方向に風で倒されている。そこで気付いた。これはものすごい追い風なのだ!パタゴニアの風まで私に味方し、「早くウシュアイアに行きなさい」と言っているようだった。

 信じがたいことだがこの追い風は何時間も続き、一時は140キロで巡航するほどだった。おかげで夕方4時ごろには目的地と決めていた都市ロス・ガジェゴスに到着するが、止まる気には全然ならない。そのまま勢い余ってチリに入国する。
 南米最南端の都市ウシュアイアはフェゴ島という島にあるが、この島の西半分はチリ、東半分はアルゼンチンに属している。ウシュアイアはアルゼンチンに入るのだが、そこに到達するためにはもう1度チリを通過せねばならない。まったくもって面倒だが、国境の手続きは例によってスムーズ、20分ほどで通過する。

 チリに入国して早々、今度はマゼラン海峡を渡ってフェゴ島に渡らねばならない。橋が無いのではしけを利用するのだが、疲れてきたのでそこら辺に宿があったら入ろうと思っていた。しかし荒野の中、何も見つからないままはしけの乗り場に到着。今まさに次のはしけが出るところだったので、勢い余ってそのまま乗り、フェゴ島に渡る。

 いよいよフェゴ島に上陸。しかし雨が降りだし、道はダートで感慨にふける余裕が無い。島に渡って一番最初にあったセロ・ゴンブレロという寒村に1軒だけ宿があったのでチェックインすると、部屋に入った瞬間どしゃ降りになった。合宿所のような味気ない建物だったが、この宿が大当たり。部屋にはガンガン効くストーブがあり、ホットシャワーはバンバン出る。生きかえった気がした。
 結局今日の走行距離は864キロ。しかも今日はそのうち150キロほどがダートだ。もうここまで来ればウシュアイアは目と鼻の先。旅の折り返し地点は近い。


2日間の走行距離      1749キロ(計35560.3キロ)

出費                  58.5P   ガソリン(アルゼンチン側)
   14.3P  食費(アルゼンチン側)
   2900P  はしけ代
   4000P  29日の宿代
   4900P  29日の夕食(豪華にチキンステーキ)
計       72.8P(約8010
        11800P(約2320
宿泊         28日カレタ・オリビアのスタンド横でキャンプ
           29日セロ・ゴンブレロの名も無き宿