旅の日記

ペルー・クスコ編(2000年12月4〜6日)

2000年12月4日(月) 29歳の誕生日にクスコに着く(Reaching Cuzco on the 29th birthday)

 今日は私の29回目の誕生日。ここチャルワンカからアバンカイ(Abancay)までの約120キロは未舗装路で、雨季であれば川渡りもあるという。ここを無事走破することを自分へのプレゼントとしたい。

 朝8時、出発。チャルワンカに限らず、ペルーの田舎の町は未舗装の部分が多いが、今回は町を出てもそのまま。凸凹の道がずっと続くのだ。
 路面の状態はそんなに悪くは無いが、情報のとおり、たまに水溜りや川を渡らねばならない。写真の箇所が一番深かったが、それでも深さは40センチ程度。オフロードバイクなら全く問題ない。しかし乾ききった川も何本か渡ったのだが、それらに水が流れていたらもっと大変だったろう。路面は乾いていたが、これも雨でぬかるんでいたら重いDRでは恐怖だ。私自身が経験した水溜り、川渡りは全部で10箇所ほど。晴れていて良かった。

 道幅はところによって差が激しく、20メートルはあろうかと思われるところもあり、また車1台分しかないところもある。未舗装ではあるが、この道はリマ、ナスカ方面とクスコを結ぶ主要ルートで、大型バスやトレーラーも走る。道幅の狭いところでハチ合わせたら、どうすれ違うのだろう?交通量も結構多く、少なくても15台のバスやトラック、車を追い抜かした。

 最初はバイクをいたわってゆっくり走っていたが、後半は面倒くさくなり、所によっては60キロ以上で飛ばした。おかげでアバンカイに到着したのは11時すぎ、120キロのダートを平均40キロほどで走った事になる。この区間が南米の正念場と思っていたが、結構あっけなかった。それにしてもパンクも何もなくて良かった。

 アバンカイで給油を行う。ペルーにはオクタン価が84、90、95、97の4種類のガソリンが出回っているが、いつもはバイクのことを考えて90以上を入れている。田舎では84しか置いていないところが多いが、アバンカイはナスカ〜クスコ間で一番大きな町で、探したら90を置いてあるスタンドが見つかった。良かった。

 アバンカイからの約20キロも未舗装だが、こちらはずっと状態が良く、まったく問題にならない。この区間は舗装工事が進められていて、5ヵ月前に通ったマサの情報だとアバンカイから35キロまでが未舗装だった。この区間が全面舗装になるのは時間の問題だ。
 ただし最初の峠を越えるまで、約40キロの間は激しい雨とヒョウが降って辛かった。久しぶりにカッパを上下とも着て走る。
 峠を越えると雨は止み、道もセンターラインすら無いほどに新しく、走りやすくて気持ちが良かった。山の中のワインディングロードを快調に走る。

 アバンカイからクスコまでは200キロほどだが、私は途中で左に折れ、オリャンタイタンボという町へ向かおうと思った。クスコ周辺の最大の見所は何といってもマチュピチュ遺跡だが、クスコからだと列車に何時間も揺られなければならない。一度クスコに落ち着いてしまうと腰も重くなるような気がしたので、よりマチュピチュ寄りのオリャンタイタンボに行って宿をとり、そこから安いローカル列車でマチュピチュに行こうと思ったのだ。
 しかし、アンタという分岐の町からオリャンタイタンボへ向かう道路は未舗装の上にガケ崩れが起きていて、通行不能になっていた。復旧作業を行っていたお兄さんは夕方になれば通れると言ったが、それまで待ってまたダートを走る気にはならない。あきらめてクスコに向かう。しかし、この選択が正しかったことが後で判明する。

 少々遠回りしてしまったが、午後4時半ごろクスコに到着した。盆地にある町に入る前に高台の上から見下ろしたが、世界遺産の街並みの上には虹が出ていて、その向こうの黒い雲の中では雷光が光っていた。長い間憧れていたクスコ、やっと到着したんだなあ。

 高台から町の中心であるアルマス広場は確認していたので、迷うことなく広場の裏にある「ホテル・フェリックス」を見つけることができた。クスコには「ペンション花田」という日本人宿があるが、険しい坂の上で、バイクを停めるのはちょっとつらいらしい。「ホテル・フェリックス」は牛次郎で一緒に旅した猪飼さんが教えてくれたのだ。
 猪飼さんが言ったとおり、ホテルには広い中庭があってバイクが停められた。広めの部屋に荷物を入れ、向かった先は日本料理屋「金太郎」。自分の誕生日を祝うためと、オーナーの金さんに会うためだ。
 オーナーの女性、金さんにはクスコを訪れた数々の旅人がお世話になっている。私も会いたかったのだが、あいにくと日本に帰国中で17日まで戻らないという。仕方なく、1人で焼き魚定食を食べて誕生日を祝う。美味かった。

 「金太郎」に行ったのには、実はもうひとつ理由があった。牛次郎で旅する前、エクアドルの「スクレ」で一緒だった安部さんがクスコにいるはずで、彼の居所が分かれば聞こうと思っていたのだ。幸い「金太郎」で働いている男性が安部さんの泊まっているホテルを知っていたので、訪ねに行く。
  いったん「ホテル・フェリックス」に戻ってガイドブックなどの荷物を置き、安部さんのホテル目指して歩き始めたら、後ろから視線を感じた。振り向くと、なんとそこに安部さんが立っているではないか!
 買い出しの帰り、たまたま「ホテル・フェリックス」の前を通り、日本人らしき人が出てきたので見ていたら、それが私だったのだという。これから訪ねに行くところだったのに、何と偶然な。

 そのまま安部さんのホテルにお邪魔し、別れてからの話に花を咲かせた。そしてマチュピチュの情報を聞くと、クスコ〜マチュピチュ間の安いローカル列車は今年10月から外国人は乗れなくなったらしい。外国人料金の列車だと、クスコから行ってもオリャンタイタンボから行っても料金は変わらないという。無理してオリャンタイタンボに行かなくて良かった。国営だったこの鉄道が外資(オリエンタル・エキスプレス社)に売却された話は聞いていたが、早くも利益の追求に走っているようだ。
 安部さんと酒を飲みたいこところだったが、クスコは高度3400メートル。今夜は大事をとって酒を控え、体を高度に慣らすことにする。安部さんとは明日、飲みに行く約束をしてホテルに帰る。

 こうして私は29歳になったのでありました。


本日の走行距離      341.2キロ(計27734.9キロ)

出費                     4S   朝食(米と煮物だった!)
   40.5S  ガソリン
     25S  宿代
     21S  夕食(焼き魚、ビール)
計        90.5S(約2790
宿泊         Hotel Felix


2000年12月5日(火) 忙しい一日(A busy day)

 リマからクスコまで怒涛の勢いで来たが、その勢いは今日も止まらなかった。
 朝は目覚ましが鳴る前、8時に目が覚めた。そして朝食を食べたあと、最近の日記を打つ。そしてLAN接続もさせてくれ、日本語のマシンも置いてあると評判のインターネットカフェ「SPEED X」へ行ってホームページをアップロードする。このカフェはホテルのすぐ裏でもあり、料金も1時間2ソル(約60円)と安い。クスコにいる間は快適なパソコンライフが送れそうだ。

 そして昼前からクスコの市内観光に出かける。まず向かった先はサント・ドミンゴ教会、別名コリカンチャ(太陽の神殿)だ。ここはインカ時代、帝国を代表する神殿だった。インカ特有の石組みで造られた神殿は黄金で美しく装飾され、乗りこんできたスペインの征服者たちは息を飲んだ。彼らはここから全ての金を略奪し、延べ棒にして本国に送ったが、その量は当時のヨーロッパにインフレを引き起こしたほどだったという。 そして彼らは土台と神殿のほんの一部だけを残してここを破壊し、その上に教会を建てた。それがサント・ドミンゴ教会である。

 教会に入ると、残された神殿の一部があった。クスコの街中でも精巧なインカの石組みは見られるが、ここの石組みは一味違う。四角くて大きさが揃えられた石と石とがピッタリと、それこそ髪の毛一本も入らないように重ねられて、まるでレーザーかなにかで切ったように角はピシっとした直線になっている。
 壁には無数のくぼみがあるが、かつてここには宝物が飾られていたという。そしてこれらの壁も、黄金に輝いていたのだ。

  ふと上を見ると、白人の神父が渡り廊下を歩いていた。彼はスペイン人のインカ侵略に対してどう思っているのだろう?太陽の神殿が破壊され、その上に教会が建てられたことに関してはどうだろう?そして、そこで働くということは?・・・色々と聞きたくなったが、やめといた。
 教会には多くの宗教画が展示されていたが、残念ながら全く興味は湧かなかった。

 サント・ドミンゴ教会の後は、クスコを見下ろす丘の上にある「サクサイワマン」へ歩いて登って行った。サクサイワマンはインカ時代の巨大な建造物で、巨石を使った3層の城壁が残っている。もともと神殿だったらしいが、クスコがスペイン人に占領された後、一部のインカ人がここに立てこもって抵抗を続けたことから、インカの要塞というイメージも定着している。
 サクサイワマンまで登る階段はきつかったが、そのかいはあった。城壁を成す一番大きい石は高さ5メートル、重さ300トン以上もあり、鉄も車輪もなかったインカの人たちがどうやってこれを運んできたのか、まったくもって不思議だ。
 サクサイワマンは歩いていけば入場料を払うゲートをくぐらずに無料で入れると聞いていたが、私は運悪く係官に見つかってしまい、クスコ周辺の遺跡、博物館共通の入場券を買わされた。まあ、どうせ他の遺跡にも行くし、学生証を見せたら半額になったからいいか。

 サクサイワマンの後はふたたびクスコの街へ下り、今度は「12角の石」へ。これもクスコの観光名所の一つで、その名の通り、12もの角をもった石組みの石なのである。インカの石組みはその精巧さ、美しさで知られるが、この複雑な12角の石はその極みともされる。何でこのような複雑な組み方にしたのかは、一説には当時の王の家族(12人)を象徴したともいわれるが、私には偶然としか思えない。
  というのも、鉄の無かったインカでは石を削る場合、まずめぼしい割れ目やヒビに木のくさびを打ちこみ、それに水をかけ膨張させて石を割り、その割った面を小さな硬い石で細かく削って平らにしたという。とすれば、立方体を一から削り出すより、その石がもとから持つ形を利用した方が楽なはずだ。きっとこの石も、そうした末に偶然12もの角を持つことになったのだろう。現に10角、11角をもった石はそんなに珍しくない。

 しかし何はともあれ、12角の石がある通りは美しい。石組みの壁が残る通りではアルマス広場近くの「ロレト通り」が有名だが、整然と組まれたそこの石組みより、ここの石本来の形を生かした石組みの方が個人的には好きだ。

 一通り市内観光を済ませ、夕方ごろ宿に帰る。夕食を食べたりしながら安部さんを待つと、約束通り夜10時半に彼は迎えに来てくれた。そして向かった先は日本食屋「金太郎」。本来ならとっくに閉店時間だが、今夜は長期滞在したある方が明日出発するというので、クスコにいる邦人ガイドや長期旅行者が集まって内輪のお別れ会が催されるのだ。
 
 会は大変盛りあがり、始まる時間が遅かったのもあるが、私と安部さんが金太郎を出たのは朝4時だった。帰路、酔っ払いながら見たクスコの夜景がとてもきれいだった。この街でも色んな思い出ができそうだ。


本日の走行距離          0キロ(計27734.9キロ)

出費                     3S   朝食(コンチネンタル)
   2S  昼食(メヌー=定食)
     1S  サント・ドミンゴ教会入場料
     17S  サクサイワマン他、遺跡共通入場券
     2S  インターネット
     6.8S  たまご、パンなど買物
     10S  飲み代
計        41.8S(約1310
宿泊         Hotel Felix
インターネット    SPEED X


2000年12月6日(水) 忙しくない一日(Un busy day)

  午前中は二日酔いで死んでいた。午後になってようやく体がいうことを聞きはじめ、まずはマチュピチュ行きの列車のキップを買いに駅へ行く。

 クスコにはマチピチュ方面とプーノ方面と二つ列車の駅があるが、いずれも周辺の治安は悪く、歩いていくべきではないとよく言われる。しかし、いざマチュピチュ行きの列車が出るソル駅へ行って見ると、中央市場に面して人通りは多く、スリはいそうなものの危険な感じは全くしなかった。
 窓口に行き、キップのことを聞いてみる。安いローカル列車に外国人が乗れなくなったというのは聞いたが、私が知りたかったのは30ドルという今となっては一番安い往復キップは、復路の予約も入れる必要があるのかということ。そしてもし予約が必要なら、その日時は後で変更できるかどうか。
 雨季に入り、クスコ、マチュピチュでは最近雨が多い。できれば列車でマチュピチュのふもとにある温泉街「アグアス・カリエンテス」へ行き、そこで天候が優れるまでゆっくり待ちたいと思ったのだ。もしかしたら1日で済むかもしれないし、天候がなかなか優れず、または温泉街が気に入って数日現地に滞在するかもしれない。復路の日時が固定されるのは嫌だったのだ。

 しかし窓口の返答は冷たかった。システム上、帰路の予約も必要で、しかも予約は2日先までしか取れない。つまり今日は6日だから、明日、7日にアグアスカリエンテスに向かう列車に予約を入れても、帰路はどんなに先延ばしにしても8日にしかできない。現地で一泊しかできないのだ。帰路の予約の変更については手数料を払えば可能だというが、窓口のおばちゃんは考え込んだあげくに適当に言った感じだった。「空席があれば交渉の余地はある」程度のことらしく、確実ではない。本当にできるかどうかは、その時にならなければ分からない。
 ちなみに片道ずつ買うとなると、往復で50ドルと大変割高になるのだ。

 とりあえずマチュピチュは早く見たかったので、明日、7日に アグアス・カリエンテスに向かい、翌8日に帰ってくる往復のキップを購入する。帰りのことはその時に考えよう。
 しかし、このシステムは現地でゆっくりしたい観光客にとっても、現地のホテルやレストランにとっても、まったく不都合なことだ。マチュピチュを見てとんぼ帰りをする人のことだけを考えたとしか思えず、現地で数日滞在するのが大変面倒な仕組みになっているのだ。
 まあ民営化され、自社の利益しか考えていないのだろうけど・・・。

 キップを買ったあとは、市場で野菜を買って帰る。今夜はマチュピチュ到達の前祝でカレーを作る予定なのだ。宿にキッチンはないが、私は部屋の中でもかまわずガソリンストーブを使って料理をしてしまっている。見つかれば怒られると思ったが、ホテルのお兄さんは私のストーブを見て「便利そうだね」と微笑んでいた・・・。

 夜、カレーを作っていると安部さんが部屋に遊びにやってきて、マチュピチュの概要を説明してくれた。安部さんは1回、クスコでガイドをした経験があり、年末年始もちょっと仕事が入ったらしい。いずれにしてもクスコ周辺の遺跡には詳しいのだ。

 明日の列車は朝7時半発なので早めに寝るべきだったが、今夜も夜景がキレイなのでアルマス広場に行って写真を撮る。クスコ全体は黄金色にライトアップされ、夜も大変明るい。このライトアップ作戦は治安の向上にも大きく貢献しているそうで、以前はクスコ名物とまでされた首締め強盗も、最近ではほとんど被害にあったという話を聞かない。夜、広場のど真ん中で三脚を立てて写真を撮っても不安はないし、他の観光客も深夜2時や3時まで安心してバーやディスコをハシゴしている。油断はならないが、とても良い所だ・・・。  


本日の走行距離          0キロ(計27734.9キロ)

出費                   3.5S   ジーンズなどクリーニング代
   107S  マチュピチュ行き列車のキップ
     2.2S  野菜
     2S  ジュース
     2S  インターネット
     6.5S  昼食(ハンバーガー)
     5.7S  スパゲティなど買物
     100S  宿4泊分
計       228.9S(約7190
宿泊         Hotel Felix
インターネット    SPEED X