旅の日記

ペルー・リマ編(2000年10月26〜31日)

2000年10月26日(木) 再会ならず、ペルー入国(Entering Peru)

 朝、マサのいるというキャンプ場を探すが、町の人に聞いてもよくわからない。あまり時間も無いので、エクアドルに次ぐ2回目の再会をあきらめてアリカの町を後にする。なに、マサも年末のパタゴニアを目指しているので、またどこかで会えるだろう。
 チリ〜ペルー国境の通過は思ったより簡単だった。チリ側でパスポートに出国のスタンプをもらい、ペルミソをキャンセル。ペルー側で入国スタンプをもらい、そしてペルーのペルミソを発行してもらう。車体に貼るシールまで用意されたが、手数料などは一切無し。荷物検査も無かったので楽だった。
 これでエクアドル、コロンビア、ベネズエラ、ブラジル、パラグアイ、アルゼンチン、チリに次ぐ「牛次郎」の旅8ヶ国目、そして最後の国ペルーに無事入国。ペルー側で時計を見ると、チリに比べて2時間も遅れていた。チリとペルーは東西にあまりずれていないが、それでも標準時間が1時間違い、またチリがサマータイムを採用しているのでさらに1時間ずれたのだ。何か得したような気分。

 目的地リマまで約1350キロ。チリ北部とあまり変わらない、砂漠の中の一本道をひたすら走る。ところどころにパトカーがいて簡単なチェックがあるが、あまりしつこくはない。たまにタバコやジュースを要求されるが、ないッスよ、と笑顔で言うと通してくれる。

 ウメさんが運転している間、私は大抵後ろで寝ているが、最近は猪飼君が残していった「相対性理論を楽しむ本」(佐藤勝彦監修、PHP文庫刊)という本を読んでいる。カタそうなタイトルなので敬遠していたのだが、一度読み始めたら目からウロコが落ちた。「光の速度で進むと時間が止まる」という、かのアインシュタインが発見した理論の事は知っていたが、何でそうなるのかは知らなかった。この本はごく簡単に、完全に文系の私でも理解できるように書かれており、理論の真髄を知ると世界が違って見えるようになった。
 詳しいことは省くが、相対性理論は世の中で「絶対」なのは光の速度のみであり、そこから紐解くと、実は我々が誰に対しても平等に流れると思っていた時間も「絶対」では無いということを証明した。観察者の速度、見方により時間は微妙にずれ、つまりは誰から見ても同じ「現在」は無く、過去も未来も無い。時間さえも「相対的」なものだったのだ。これは私にとって、とてもショッキングだった。ウメさんとKさんにとってはそうではなかったようだが・・・。
 本はさらにE=mc2(cの2乗)という、有名な方程式について説明する。Eは物質の持つエネルギー、mはその物質の質量、c2は光速の2乗。相対性理論をつきつめていくと、エネルギーと質量には密接な関係があり、1円玉6枚(6グラム)を全てエネルギーに換えると東京ドーム一杯分の水を沸騰させるエネルギーを生む、ということが説明されるのだ。これは「質量保存の法則」「エネルギー保存の法則」という、それまでの物理学の二大法則と完全に矛盾する。 実際は質量をエネルギーに換えられる物質というのはなかなか無いが、1938年、ウランという物質が可能であることが発見された。それが核兵器につながったことまで、本は説明している。
 あ、詳しい事は省くと書いたのにまた長々と書いてしまった・・・。とにかく目からウロコが落ちまくり、牛次郎の中はスーパーの鮮魚売場の厨房くらいウロコだらけなのである。

 深夜1時まで走り(チリ時間では午前3時!)、リマまで700キロ弱残した地点まで来た。国道の料金所があり、そこら中に仮眠をとっているトラックがいたので、ペルーでもここなら安心だろうと寝に入った。


出費                  なし
宿泊          料金所の前に停めた牛次郎


2000年10月27日(金) リマの混沌(The chaos of Lima)

 朝は早かった。ウメさんは6時前に起きて運転を開始した。なにしろリマまで700キロ、無事到着できたら牛次郎の新記録だ。
 午前10時前、私が運転を代わってすぐにナスカの町に着いた。あの「ナスカの地上絵」で有名なところである。しかし今回は観光はせず、朝食を食べたのみで町を抜ける。地上絵は今度下ってきたときにゆっくり見よう。

 朝が早かったおかげで、日が落ちるころにリマ市街に差し掛かった。人口680万人、砂漠の中にいきなり大都会は現れる。 向かった先はサン・ミゲル地区の「ポコ・ア・ポコ」という民芸品店。ここは「ペンション・カンツータ」というホテルも併営しており、以前ウメさんたちがリマに来た際にお世話になったのだ。
 リマ市内に入るとパンアメリカン・ハイウェイは片側4車線となり、まわりの車は乱暴に車線変更を繰り返す。「サン・ミゲル」という標識を探しながら進むが、いつのまにかハイウェイは片側2車線の普通の道になり、そして我々はリマの貧民街に迷い込んだ。
 すごい光景だった。道路の中央分離帯に山積みにされたゴミは誰が火をつけたのか炎を上げて燃え、まわりに建ち並ぶ廃墟を照らしていた。頭の中の危険を感知するセンサーは針が振りきれっぱなし。こんな所で車がエンコしたら大変だ。
 まわりの景色だけではなく、道の混雑ぶりもすさまじかった。貧民街の真ん中に、片側2車線同士の信号のある交差点があった。ラッシュアワーと重なり、両方の道路とも交通量は非常に多い。東西に走る道路の信号が青になった。するとその方面の車は交差点の向こうが渋滞してようが、交差点内に車がたまってようが、信号が赤になって数秒たつまではなだれ込むのだ。そして今度は南北の信号が青になる。交差点は東西方向に走る車で遮られているので、通過ができない。それでもクラクションを鳴らしながら、ぶつかるギリギリまで車を進めるのだ。そしてまた東西方面が青になるが、近づきすぎた南北方面の車が邪魔で前に進めない・・・。
 こんな事の繰り返しだった。信号の色は単なる目安にすぎず、交差点内には10数台の車がたまり、ちょっとでもスキがあればあらゆる方向から車が押しよせてくる。みんながちゃんと信号を守ればはるかに早く信号を抜けられるのに、それはラテン気質が許さないのだろうか。交差点内が進まないから、歩道に乗り上げて追い越していく車もある。真面目に通過しようとすると、永遠に抜け出せないのだ。弱肉強食、コンクリートジャングルと呼ぶにふさわしい混沌ぶりだった。

 交差点を10分ほどかけて抜け、貧民街を脱出し、無事目的地に着いたのは夜9時ごろだった。繁華な通りに面した1軒の豪邸が「ポコ・ア・ポコ」だった。看板も無いので、外からは住宅にしか見えない。
  ドアベルを鳴らすと、小柄でエネルギシュな女性が出迎えてくれた。店主の早内香苗さんだった。彼女はペルーに渡って30年、約1000年前に栄えたペルーのチャンカイ文化の染物に魅せられ、その再現に努力してきた。店にはペルーの民芸品のほか、香苗さんがペルー中を歩いて染料を探しあて、色をつけたガーゼの絞り染めやアルパカのセーターが所狭しと並んでいる。その渋くて淡い色調はとても美しく、1枚のガーゼ、1枚のセーターがすでに芸術なのだ。

 なにはともあれ、腹が減っていたので夕食をいただく。おでんに銀シャリ、イカとウニの刺身、自家製の味噌の味噌汁・・・。よく香苗さんちの料理は「日本以上の日本食」と形容されるそうだ。日本のように食材を揃えるのが容易でない分、創意工夫を繰り返す。結果、より手作り、より自然に近い味となる。香苗さんの染物に対する姿勢は、料理にも同様だったのだ。旅始まって以来、最高級のごちそうだ。
 ウメさんたちは香苗さんの他、クスコで「Nao Tour」というツアー会社を経営しているナオコさんとも無事再会できた。ナオコさんはクスコから買物のためにリマに下ってきていて、彼女とスケジュールを合わすために急いでリマまで走ってきたのだ。会えてよかったよかった。

 食後、店舗の上の部屋に案内された。とても清潔でモダンな部屋だった。サンペドロ以来のシャワーを浴び、すっきりした後に泥のように眠る。今日は本当に疲れた。


出費                     1S    ジュース(インカコーラ、私は結構好き)
     3.5S  朝食(魚のフライ)
計        4.5S(1ドル=約3.5ソル、約140円)
宿泊        「ポコ・ア・ポコ」内「ペンション・カンツータ」


2000年10月28日(土) ミニ動物園(A small zoo)

 香苗さんちは、まるで動物園だ。広い敷地の中に店舗、自宅、アトリエ(のようなところ)の主に三つの建物があるのだが、その間にある庭には色んな動物がいる。敷地内を縦横に行き来できる巨大な犬「オソ」(スペイン語で熊の意)と猫2匹を筆頭に、陸ガメ、小鳥十数匹、リス、ライ鳥、タカ、そして「ジャングルで拾ってきた」という大きな山猫(ジャガー?ピューマ?)がいる。
 山猫は拾ってきた当初は放し飼いにしていたが、大きくなるにつれて危険になり、今はオリの中にいる。悪気はないのだが、ちょっとじゃれるだけで血まみれになってしまうらしい。私は犬、ネコを見るとバカみたいにかわいがるクセがあるので、ここに来る前から「青山さんは絶対に手を出しちゃだめだよ」とウメさんに釘を刺されていた。うーん、見た目はとても愛くるしいのだが・・・確かに忠告されなければ手を出し、ムツゴロウさんのように指が無くなっていたかも。

 今日は目の前にあるスーパーに行っただけで、あとはずっと香苗さんちにいた。純和風の造りではないのだが、香苗さんちの中にいるとここがペルーということを忘れてしまう。出てくる料理は和食だし、テレビではNHKが見られるし・・・。
 また、今日は嬉しいことがあった。わがパソコンのキーボードが無事、直ったのだ。約2年間、毎日のようのたたきっぱなしだったキーボードはさすがに最近ガタがきて、「I」のキーが外れやすくなっていたのだ。VAIOのキーはプラスチック製のバネで動いているが、そのバネはやはりプラスチックのツメにパチンとはまっているだけ。そのツメが広がってきており、ちょっと使っているだけですぐに外れてしまうのだ。ローマ字打ちをする私には母音である「I」のキーは非常に重要で、大変使いづらい思いをしていたのだ。
 今日、思いきってそのバネを瞬間接着剤でくっつけてみた。原始的な修理方法だが、失敗するとシャレにならない。失敗したら日本から新しいキーボードを取り寄せる覚悟で挑むと、思いのほか簡単に直った。これでこれからもバシバシ打てるぞ。


出費                  4.74S    瞬間接着剤
     16.05S  水、おかし
計        20.79S(約630円)
宿泊        「ポコ・ア・ポコ」内「ペンション・カンツータ」
インターネット    香苗さんち


2000年10月29日(日) 「ポコ・ア・ポコ」のホームページ(The homepage of "Poco a Poco")

 おとといの夜リマに来たとき、一度来ているウメさんたちも本当に近くに来るまで香苗さんちの正確な位置がつかめなかった。普通、ある場所で適当な時間を過ごすと自然と周囲の道を覚えるものだが、ウメさんにとってリマはそうでは無かったようだ。
 最近、その原因がよく分かって来た。香苗さんちにいると外出する必要も、外出する気も無くなるのだ。香苗さんちにいればインターネットも繋がせてもらえるし、3度のおいしい食事も出てくるし、テレビではNHKが見られるし、新聞もあるしで至れり尽せりなのだ。ちょっと買物がしたければ、目の前に大きなショッピングモールがある。家から半径300メートル以内で十分に生活できてしまうのだ。

 というわけで今日は一日、香苗さんちにいた。ウメさんは香苗さんの店「ポコ・ア・ポコ」のホームページを一生懸命作っていた。もともとウメさんたちはホームページの作成依頼を受けて前回ここに来たが、時間が足らず、完成は今回に持ち越されたのだ。前回ここに来たとき、店のあまりのセンスの良さに圧倒され、これは下手なモノはできない、とホームページのデザインに苦心したらしい。
 そのホームページが今日、ようやく完成した。香苗さんの店のことや作品のことがよく分かるので、ぜひ見ていただきたい。


出費          なし
宿泊         「ポコ・ア・ポコ」内「ペンション・カンツータ」
インターネット     香苗さんち


2000年10月30日(月) 馬場さんちに行く(Visiting a Japanese resident's house)

 昼間は「ポコ・アポコ」でお土産を買うなどしていたが、夜はリマ在住の馬場さんという方の御宅におじゃました。馬場さんはウメさんのホームページを見て、リマに来る事があれば遊びにくるよう掲示板に書きこんだのだそうだ。「ポコ・ア・ポコ」の店員のユカリさんが馬場さん宅を知っているというので、閉店後、みんなでタクシーに乗っていく。

  住宅街の中のアパートに着くと、あいにく馬場さんご本人は留守だったが、奥さんのアヤさんが出迎えてくれた。そして馬場さんちにはクスコでガイドをやっているシゲさんも来ていた。シゲさんはもう6年もクスコでガイドをやっている有名人だが、トトラ船(アシの葉で作った帆のみで動く船)でチチカカ湖一周や太平洋横断に挑んだりと、冒険家でもあるのだ。
 ピザをつまみに、ビールやジンを飲んで盛り上がった。久しぶりに飲むハードリカーにすぐ酔いが回ったが、シゲさんが今後の目標について熱く語っているのを聞き、私の中で忘れかけていたのものが甦ってきた。そうだ、私だって大志を抱いて日本を出たはずなのだ。何か、早くバイクに乗りたくなってきた。


出費                    85US$  お土産
     2S  タクシー
     7S  ビール
計        9S (約270円)
         85US$(約9010円)
宿泊        「ポコ・ア・ポコ」内「ペンション・カンツータ」
インターネット    香苗さんち


2000年10月31日(火) 難しすぎるビリヤード(A pool that is too dificult)

 本当は今日出発する予定だったが、昨夜の酒と疲れが我々の行く手を阻んだ。というわけで出発は明日に延期、今日も香苗さんちでまったりする。

 非の打ちようの無いように思われた香苗さんちだが、夜になってひとつ打ち所が見つかった。庭にデーンとビリヤード台が置いてあるのだが、ウメさんとやってみたら、これが難しすぎるのだ。それもそのはず、ポケットの手前の入り口の部分(正式名称は分からないが)が、玉の幅ギリギリしかないのだ。普通は確か玉1・5個分か、2個分はあると思う。角度をピンポイントで合わせなければ、すぐに玉は弾かれてしまうのだ。おかげで9ボールを2回やるのに1時間ほどかかり、疲れてしまった。
  ちなみにこの台は例の在ペルー日本大使館が占拠された事件の時に、700ドルで購入したそうだ。 この台で普通に遊べるようになれば、ビリヤードで食べていけるだろう・・・。


出費                   4.5S  スーパーでケーキとコーヒーを買い食い
計        4.5S (約140円)
宿泊        「ポコ・ア・ポコ」内「ペンション・カンツータ」
インターネット    香苗さんち