旅の日記

コスタリカ・サンホセ編(2000年4月20〜23日)

2000年4月20日(木) 首都サンホセ(The town of San Jose)

 フォルツーナにいる間、何回も行ったレストランで最後の朝食を食べる。すると日本人の男女4人組が同じレストランで食べていて、リバーラフティングのツアーバスが来ると乗り込んで行った。日本人に会うのはアンティグア以来か。
 さて、首都のサンホセまでは距離はないものの、峠をいくつか越えなければならない。フォルツーナは快晴だったが、山道を登るにつれて霧が出てきた。コスタリカには熱帯雲霧林というのが多いらしい。霧に包まれることが多い熱帯雨林だ。途中の道はまさにそんな感じで、うっそうと緑が茂る山々の中、霧に包まれて走る。一度なんかは20メートル先も見えないくらいの濃霧になり、かなりスピードを落とさざるを得なかった。しかし、そんな霧の中でも目を凝らすと上空をヒメコンドルが飛んでいたり、道端に美しい花が咲き誇ったりしていて飽きなかった。
 全身が濡れたが、サンホセに近づくにつれて霧雨は上がり、着くころには乾いていた。コスタリカの道はよく整備されていて走りやすいが、速度制限が低め(最高でも90キロ)に抑えられており、実際ネズミ獲りも多い。フォルツーナからサンホセまでのわずか130キロで、少なくても3、4箇所は警察がニラミを効かせているところがあった。
 さて、昼前にサンホセ着、コスタリカの首都はどんなもんじゃい、と中心部に突入するが・・・なんじゃこりゃ。マナグアより閑散としている。店のシャッターは閉まり、道ゆく人の姿がほとんどない。平日のはずなのに、と思って気付いた。セマナサンタ(聖週間)だ。日本でいえば正月、都市で働いている人は田舎に帰ったり、旅行に行っている時期なのだ。フォルツーナは観光地なので、逆に賑わう方だ。それで気付かなかったのだ。
 とにもかくにも、宿を探さなくてはならない。安宿が密集する市場周辺に行くが、困ったことに、雰囲気がわからない。この「宿の周りの雰囲気」というのが重要で、普段は宿の前の人通りは多いか、どんな人がまわりにいるのか、またホームレスやジャンキーなどはいないか、などを総合的に見て周辺の治安の良し悪しを判断するが、今はどこへいっても人通りが無くてイヤな雰囲気がする。また困ったことにサンホセの安宿は建物の2階にあるのが多く、バイクを停められるところが無い。結局安宿街はあきらめ、中心地より離れるが、そうすると駐車場つきの小洒落たホテルになって高い。
 結局1時間半はウロウロしたろうか、街の中心からかなり西に行った住宅街の中に、その名も「プチ・ホテル」という場所を見つけ、15ドルでバイクをゲートの中に停められ、シャワー、トイレ付きだというのでチェックインする。少々高いが、仕方ない。外から見るとただの一軒家だが、中は木目調のペンションといった感じで、ジョン・ベルーシそっくりの若い大将を筆頭にスタッフも仲間内でやっているようなフレンドリーな感じで雰囲気がいい。
 さて、街へ徒歩で探検にでるが、本当に何もやっていない。マクドナルドを3軒見つけたが、やっていたのは1軒だけ。あとは開いているインターネットカフェを2軒見つけたので、さっそく宿に帰ってパソコンを持ち、トライする。1軒目ではうまくいかず、1時間も無駄にして2軒目に行く。アンティグアのカフェではLAN設定のために新しいソフトを入れさせられたり、普段いじらないようなところまで色々と変えられたので、元に戻すのが大変だ。2軒目でも1時間ほど粘り、ようやくホームページだけ見られるようになった。メールの送受信はホットメールで行い、ホームページの更新はあきらめる。
 これだけ街が静かだとあまりにもヒマだ。「ハックルベリーフィン」も一気に読み終えてしまい、ますますヒマになったので早めに寝ようと思ったが、部屋がロビーに面していて夜中までうるさく、なかなか寝つけなかった。

本日の走行距離    147.2キロ(計22809.3キロ)
 
出費          30$  宿(2泊分)
           1055c  昼食(ハンバーガー)
           3000c  ネット代(5時間分前払い)
           1260c  夕食(ラザニア)
計          5315c
          30US$

宿泊         Petit Hotel
インターネット     Cybercafe Las Arcadas



2000年4月21日(金) 雲の上の人となる(Climbing Volcano Irazu)

 朝起きたら、サンホセは昨日の雲がウソのように晴れていた。今日も街を探検しよう考えていたが、この天気はもったいない。チャンスを逃してはならないことをアレナル火山で学んだので、晴れているうちに郊外のイラス火山に行く事にする。
 イラス火山はサンホセから約20キロ離れたコスタリカ最古の街カルタゴから、さらに30数キロ登ったところにある。カルタゴへ行く途中にプロセッション(キリストが張りつけにされる前の引きまわしを再現した行進)が見られて、聖週間の雰囲気が味わえた。カルタゴからの道はひたすらの登り。カルタゴの標高がどれくらいか分からないが、サンホセ(1150メートル)とあまり変わらないと思う。イラス火山は3432メートル、山頂付近までバイクで登れるから、2000メートル以上も一気に登るわけだ。途中には牧場やコテージ、小さな教会を中心としたのどかな村などがあり、まるでアルプスのようだ。下に目をやればカルタゴの街とはるかな雲海が見える。素晴らしい景色を楽しみながら細いワインディングを快調に飛ばし、山頂の駐車場に着く。
 まずは駐車場下のカルデラ湖へ。1963年の噴火を最後に、いまや火口は緑色の湖となっている。山頂付近には雲や霧は一切なく、展望台からは直径2、300メートルの湖があますことろなく見えた。
 次は駐車場の上の山頂へ。標高3432メートルという看板があった。この高さはバイクで今までに走った最高記録だ。まだこの高さだとパワーダウンはあまり体感しなかったが、南米へいけばまだまだ高い所を走ることになるだろう。さて、この山頂からは、雲がまったく無ければ北東に大西洋(カリブ海)、反対の南西に太平洋が見えるらしいが、雲が無いのは山頂付近だけで、あとはほぼ360度、眼下に厚い雲海が広がっていた。ちょっと残念だが、それでも十分いい眺めだった。久美子よ、コスタリカに来なかったあなたは本当にバカです。
 山頂にも薄い雲が出始めたので、天候が崩れる前に下る。帰りはカルタゴの大聖堂に寄った。カルタゴはスペイン人が1563年に建設した最古の都市だが、中米のほかの古都同様に度重なる地震の被害を受け、19世紀はじめにサンホセに首都の座を譲った。カルタゴの大聖堂は奇跡を呼ぶ黒いマリア像を祭るために建てられたものだが、そのマリア像というのは全長わずか15センチとのこと。内部をよく探したが、肉眼ではどこにあるのかわからなかった。ただし大聖堂は聖週間の真っ只中、大勢の参拝者で賑わっていた。
 昼過ぎにはサンホセに戻れたので、昼食を食べて昨日のインターネット屋へ行く。しかし、やはりホームページの更新とメールの送受信ができない。何とかして方法を考えねば。ほかのインターネット屋が開く月曜まで無理かな?

本日の走行距離    120.9キロ(計22930.2キロ)

出費         2025c  火山入場料
           1100c  昼食(ケンタッキー)
           1800c  夕食(スパゲティ)
計          4925c

宿泊          Petit Hotel
インターネット    Cybercafe Las Arcadas

「久美子の言わせて!」…大冒険の始まり
 あーつかれた。こんなにバックパッカーってつかれるものだったんだ。ついに一人移動が始まった。
 アンティグアのバス乗り場まで「アミーゴ」で一緒だったヨシトミさんに連れてってもらった。 バス乗り場で「チマルテナンゴ行きはどこ?」と聞くと「今日はない。途中で乗り換えていきな」 と初っ端からいつもと違う様子。周りはセマナサンタで休日なので「乗り換えぐらいひとりでできるもん」とやる気な私。 ヨシトミさんと別れ,バスが走り出したらめちゃくちゃ不安。どーしよう、とずーっと考えていたがなんなく乗り換えも出来、50分くらいでチマルテナンゴ到着。しかしここから悲劇が始まる。
 いくら待ってもシェラ(ケツアールテナンゴ)行きのバスが来ない。隣りに居た兄ちゃんに
「この道にシェラ行きバスは通る?」と何度も確認した。初めに話した兄ちゃんは 「僕も行くよ」と言っていたのにいつのまにかに私をほおって消えてしまったし。1時間半が経過し今日はもう来ないんじゃないかなーと思った。そのとき一台のバンが止まった。隣りの兄ちゃんが駆け寄って運転手に話しかけてくれた。なんとそのバンはシェラに行くというらしい。優しい兄ちゃんは私を手招きし,値段交渉までしてくれた。
 インディヘナのおばちゃんとぎゅうぎゅうにつめて助手席に座る。初めはおばちゃんと運転手(アンティグアまでハンバーガーを運ぶお仕事をしているみたい。自称25歳の男の人)が話していたが途中からおばちゃんは首をがくーんと後ろに倒して寝ていた。さすがおばちゃん。 私も怖い怖いと思っていたが,おばちゃんと一緒だったのですこしうとうとしてしまった。
 何事も無く無事シェラ到着!ドライブは3時間くらいだったけどめちゃくちゃつかれた。
初めての経験。初日からこんなんでいいのかちょっと不安。なにげにうまくいったのでよしとしよう。 明日は温泉に入ってゆっくりしよう。 ほんとつかれた。バックパッカーの皆さんを尊敬する1日だった。やれやれ。



2000年4月22日(土) 少しずつ平常に戻る(The end of Semana Santa)

 朝起きたら、バスやトラックの走る音でホテルの外がうるさい。昨日まであんなに閑散としていた通りなのに。もしやと思って街の中心部へ行くと、おお、半分くらいの店が開いていて、どこに隠れていたのか、大勢の買い物客がいる。セマナサンタが終わりに近づき、少しずつ平常に戻っているのだ。やった。
 しかし、バイク屋はまだ閉まっているので、今日はホームページの更新を試みる。いつものカフェはFTPの設定がどうもおかしいらしい。店員のいう通りに設定するのだが、なぜかFTPソフトが使えないのだ。仕方ないので、今日は一番最初に行ってLAN接続がうまくいかなかったインターネットカフェへ。自分のPCは使わず、更新したいファイルとFTPソフトをフロッピーに入れ、カフェのパソコンにインストール。さて、FTPホストに接続を試みると・・・、やった、更新できた!実にアンティグア以来、2週間ぶりの更新だ。ここのパソコンにはグローバルIMEは入っていないが、日本語のエンコードが可能で、自分のホームページが読める。しかし、更新したのを落ち着いて見ると、直したい箇所がいくつかあった。また近いうちに更新せねば。
 帰り道に街をウロウロする。サンホセの住人にも人気が高い国立劇場の前の広場も、日向ぼっこする人の数が多かった。今まで閉まっていたので気付かなかったが、街中でたくさんインターネット屋を発見した。しかし、LANの設定をやり直すのは面倒なので、これからもメールとHPの更新は別々にやろう。幸いサンホセのカフェは1時間500〜600コロン(2ドル弱)と大変安いので、料金は気にならない。

本日の走行距離      0キロ(計22930.2キロ)

出費                    30$  宿代(2泊分)
                       550c  昼食(中華)
                      1014c  スーパーで買物(水、綿棒など)
                       500c  インターネット
                       800c  映画(つまんなかったのでコメントなし)
                      1685c  夕食(スパゲティ)
                       663c  靴の中敷
計           5212c
           30US$

宿泊          Petit Hotel
インターネット     Internet Cafe Costa Rica

「久美子の言わせて!」…温泉を目指して
 今日は近くにある温泉に入りに行く。シェラからバスに乗りこんで「温泉!温泉!」とのんきにはしゃいでいたが・・・。この運ちゃんがくせものだった。乗る時にちゃんと行き先を聞いたにもかかわらず、「行く」って返事をしておき、全然違うところで降ろし「あのバスにのりな」とまた嘘をついた。知らずに前のバスに乗ったらぐるぐるまわってシェラの町外れソナ3というところについた。 やさしい運ちゃんは「あのバス停で待ってな」と教えてくれたが、もう騙されないぞ。と周りに居た何人かに確認した。
 出発してから2時間後にようやく温泉に到着。やれやれ。 温泉というかサウナ・シャワーに入った。サウナは温泉の湧き出ている蒸気で暖めたスチームバス みたいだった。香りも良く久しぶりにかぐ匂いだった。体に溜まっていた垢を落としてさっぱりした。明日は温泉につかりたい。
 帰りは地元の人にまぎれてピックアップバンの後ろに乗り風を受けながらシェラに戻る。
シェラに戻って来てもお店はどこもセマナサンタで休み。つまらん。ひまだよー。



2000年4月23日(日) ラッキーな1日(Climbing Volcano Poas)

 今日もまあまあ天気が良い。どうせ他にすることもないので、イラス火山と並んでサンホセの住民に愛されている郊外のもうひとつの火山、ポアスへ行ってみることした。
 ポアス火山までは約50キロ、国際空港の近くの町から登るが、標高が2708メートルとあまり高くないので、そんなに登った気にならない。料金ゲートをくぐると、セマナサンタ連休の最終日とあってか、駐車場が車でいっぱい。そうでなくても、このポアス火山国立公園はコスタリカ国内で訪れる人の数が最も多いという。
 駐車場から直径1320メートルという巨大なクレーターを見下ろす展望台までは、歩いて800メートルくらいはある。ポアスの火口は雲や霧に覆われることが多いというが、まわりに霧が出ている様子はない。期待を胸に、早足で展望台へ。
 しかし、いざ着いてみると、何も見えない。展望台は巨大なクレーターの淵にあるが、そのクレーター内部は濃い霧で満たされており、眼下に見えるはずの火山湖も、噴煙を上げているはずの噴火口も隠されている。しかたないので、さらに登ったところにある、もうひとつの火山湖を先に見ることにした。
 そこまで、また1キロ弱ほど原生林の中のトレイルを登る。すると熱帯林の中にポッカリと、霧にむせぶ湖があった。展望台について10分ほどすると霧はサーッと消え、その全貌が明らかになった。美しい湖だが、しかし、ただの湖だ。私が見たいのはこんなのじゃない。もしかしたらクレーターの方も晴れたかもしれない、と淡い期待を抱いてトレイルを戻る。
 しかし、相変わらずクレーターの方は霧で何も見えない。今度は展望台の方までも霧で包まれるようになった。空を見上げるが、太陽は濃い霧の上でボンヤリと輝いているだけで、晴れる気配は無い。しかし、せっかくここまで来たし、バスの時間に追われることもないので、とりあえず待つことにした。
 30分ほど待っただろうか、観光バス数台で来ていた大きな団体があきらめて去って行き、展望台は淋しくなった。やはり無理なのだろうか、と思った瞬間、何人かがワーッと、展望台の淵に走っていった。もしや、と思ってクレーターを覗きこむと、どうしたことだろうか、あの霧が消え、エメラルド色のカルデラ湖と、その脇にある小さな噴火口から上がる噴煙、そして1000メートル以上向こうのクレーターの反対側までもが見えた!信じるものは救われるのだ、待っていた人たちは嬉々として写真を撮りまくる。しかし、その光景は長続きはしなかった。ほんの15分か20分、写真を撮り終えてボンヤリ眺めていたら、すぐにまた霧が覆いはじめ、あっという間に元の灰色の世界へ。短い間だったが、それでもあの光景が見られたのはラッキーに違いない。あのバスの人たちはかわいそうだなあ。
 サンホセまでの帰り道、行きに発見した日系スーパー「ヤオハン」に寄って見る。日本の食材はあまりなく、ほとんど普通のスーパーだが、しかし商品棚の隅に何と「日清やきそばUFO」を発見!2ドル強という値段はそんなに高くはないはずだ。迷わず買い、さっそく宿で久美子にもらったインスタントの味噌汁と一緒に食べる。ああ、おいしい。まさかコスタリカで食べられるとは、なんとラッキーな。
 しかし、幸運はまだ止まなかった。夜、部屋でパンをかじっていたら、ジョン・ベルーシ似の宿の大将が来て、セマナサンタ最後の晩餐に招待するからレストランに来いというのだ。やった、タダ飯にありついたぞ。レストランでは大将とその友達、そしてスタッフだと思っていたら実は宿泊客だったイタリア人のカップルらといっしょにパスタやオードブル、ワインで盛りあがった。大将もイタリア人の移民らしく、食卓では英語、スペイン語、イタリア語と入り混じるのだった。大将に「ジョン・ベルーシに似ているね」といったら、「もう5キロやせればアル・パチーノのはずなんだけど・・・」と落ちこんでいた。しまった、精神的ショックを与えてしまった。でも、ジョン・ベルーシもかっこいいぞ!ドラッグで死んだけど。
 パーティは夜遅くまで続いた。明日は月曜、バイク屋が開く。南米まで持たせるつもりだったが、最近一気に減ってきた。宿のまわりにバイク屋が多いので、何とか探そうと思うが、幸運は続くだろうか。

本日の走行距離    96.1キロ(計23026.3キロ)

出費                  2025c  火山入場料
                      2800c  ガソリン
                      1809c  焼きそば、タオルなど買物
                       740c  パン、ジュース
計          7374c

宿泊          Petit Hotel
インターネット     Cybercafe Las Arcadas