北米〜中米〜南米と縦断するライダーは、パナマシティの先で「ダリエン・ギャップ(地峡)」に行く手を阻まれます。このパナマとコロンビアの間に広がるジャングル地帯にはおよそ道路というものが無く、オートバイで通過することはまず不可能。やるとすればトライアルバイクで、しかも荷物や、どうしても走れない箇所でバイクを運ぶためにポーターを数人雇う必要があります。もはや世界初ではないものの、無事走破できれば歴史に名を残すほどの偉業となります。それほど難しいのです。
パナマ、コロンビアの両者は道路建設に合意しているそうですが、どうやらパナマでは道路開通により南米から家畜、植物が流入して生態系に影響を及ぼすのを懸念しており、一方のコロンビアではゲリラ対策に追われてそれどころではありません。いつ道路が開通するのかは、神のみぞ知ることなのです。
警察や軍も介入できないほど深いジャングルなのを良い事に、ダリエンはコロンビア左翼ゲリラの隠れ家であり、麻薬の密輸ルートとしても利用されます。走破が難しいというのは道が無いということだけでなく、こういう方々と遭遇する危険性もあるということなのです。
ダリエン走破をあきらめた良い子の皆さんは、飛行機で越えるか、船で迂回することになります。かつてはパナマのコロン市からコロンビアのカルタヘナ市までフェリーが運航していましたが、どういう訳かこの会社は倒産しました。あるパナマ人は金になる路線なのに経営陣がバカなのでつぶれた、と言っていました。
バイクを飛行機で飛ばすのと船で送るのでは、当然船の方が安いです。しかしこのフェリーが無くなった今、個人で海運会社と交渉せねばなりません。しかも、パナマの海運の拠点となるコロン市は中南米でも有数の治安の悪さで有名です。「絶対エクアドル行きの船を見つける」と豪語したブラジル人ライダー2人も、目に涙を浮かべて引き返して来ました。個人でヨットや貨物船をヒッチするという方法ありますが、あまり一般的ではありません。
そこで、最近のトレンドは空輸です。多くの人はパナマシティからコロンビアのボゴタまで飛ばします。パナマシティにGIRAG(ギラグ)という運送会社があり、ここではどんなバイクでも(ゴリラでも、DR800でも)250米ドルでボコタまで送ってくれます。パナマシティ〜ボコタの路線は毎晩あり、その日にパナマシティの貨物専用空港に持ってけば、次の日にはボコタで走り出せるようです。コロンビアでの通関作業もさほど問題ないようで、最近の人は受け取り費用も0、3〜5時間程度で手続きを済ませています。
しかし!2000年5月現在、コロンビアの左翼ゲリラの皆様はかなり元気です。同年4月に2番目に大きい左翼ゲリラと政府との和平交渉が決裂し、政府側の責任者は謎の辞任、ゲリラ側は「富裕層への大々的なテロと誘拐のキャンペーンを開始する」と発表しました。実際ゲリラは年間2千人とも3千人ともいわれる人々を誘拐し、政府との交渉のカードに利用しています。まれに、外国人がその対象になることもあります。
2000年3月から4月にかけて、ボコタからエクアドルの首都キトまでを走ったホンダ・ゴリラの「マサ」の情報によると、一番危険なのはPapayan〜Pasto間。コロンビア南東部の広い地域はゲリラの制圧地帯で、そのエリアが少しずつ西に拡大。エクアドルに南下するために通らねばならないこの道でも、ゲリラが道路を封鎖して人々を誘拐したり、バスに火をつけたりするそうです。実際、マサが通過して3日後にバスが襲撃されたそうで、昨年末には邦人がここでバスジャックの被害に遇いました。また、このような地方でのゲリラ活動ばかりでなく、都市部での一般犯罪が多いのでもコロンビアは知られています。
ただし、走った人の感想では「最高に良かった」という声が多いです。マサもその1人で、コロンビアの人々は優しくて人懐っこく、どこへいってもアミーゴができたそうです。
私はそんなコロンビアに挑戦するか、安全策でキトまで飛ばすか迷っていました。そんな時にパナマで4人のドイツ人ライダーに会い、彼らがエクアドルまで送るというので、スペイン語が達者な彼らと一緒に送って楽をしようと思ったのでした。
さて、彼らとともに調べた結果、以下の選択肢に絞られました。
1.運送会社GIRAGでパナマシティからキトへ空輸する
費用は500米ドル(かつては450だったらしい)。所要時間2日、週2便。
2.運送会社SERVICARGAでパナマシティからキトへ空輸する
費用は350米ドル。所要時間1日、週2便。同社も250米ドルでボコタへの路線あり。
3.運送会社SERVICARGAでエクアドルのグアヤキル港へ船で送る
費用は約200米ドル(1uあたり100)、所要時間4、5日。週1便。
ただし、コロン港発なのか、パナマシティ発なのかは未確認。
3が料金的には安いのですが、所要時間が長いのとグアヤキルも治安に問題があるのでパスしました。船の割りにはそんなに安くないし。
そこで我々は2の方法で行こうと、パナマシティの貨物専用空港内にあるSERVICARGAのオフィスへ行きました。ちなみに貨物専用空港はシティの中心部から約20キロ離れたトクメン国際空港をさらに約7キロほど左に回った所にあります。
無事オフィスに到着しましたが、ここで思わぬ落とし穴が。SERVICARGAでキトへ空輸する場合にはアエロ・ペルーの直行便を利用するのですが、この便はバイクなどの「危険物」は事前に許可を得なければならず、そのために2、3日時間がかかるというのです。市内のオフィスでは何も言われず、その日に飛ばすつもりだった我々は途方に暮れてしまいました。
しばらく考え、そして同じ空港内にGIRAGのオフィスがあるはずだと気付いた我々は、そこを探して行ってみました。すると5台まとめてなので475米ドルに値引きし(それでも十分高いけど)、その夜に飛ぶ便があるというので、お願いすることにしました。ただし便はボコタを経由するので到着は2日後。その日が水曜日だったので、金曜の朝に到着すると言われました。
話がまとまったあとは輸送の準備。オイル類は抜かずともよく、ガソリンは減らすものの、全部抜かなくても大丈夫です。1、2リッターは残してもOKと言われましたが、私のバイクには多分3リッター以上は残ったままでした。向こうでガソリンを用意しなくてもいいというのは非常に助かります。あとはバッテリーの端子を外しておしまい。あとは梱包を含めてやってくれます。心配になるほど簡単です。私は左右のサイドケースをつけたまま、中にテントや寝袋、ヘルメットなど荷物の約半分を一緒に送りました。それが可能だと思わなかったドイツ人たちは荷物を全てホテルに置いてきて、後に手で運ぶときに大変な目にあっていました。ちなみにサイドケースは鍵をかけたままでOK。鍵がかかならない荷物でも盗難防止にビニールでぐるぐる巻きにしてくれるそうです。また、荷物を一緒に送ってもバイクだけでも費用は一緒です。ドイツ人はかなりくやしそうでした。
費用はその場で現金払いが原則だそうですが、空港内にあった銀行で5台分のキャッシュが引き出せなかったので、トラベラーズチェックを「特別に」受け付けてくれました。GIRAGで担当してくれたのは浅黒い年配の男性で、英語はペラペラでした。彼の裁量一つでチェック払いもOKになっており、かなり偉い人だと思います。ちなみにSERVICARGAでも、ダスティン・ホフマンにちょっと似た男性が英語を話せました。両者とも電話帳に載っています。
最後に受け取りの際に必要な書類をもらってパナマ側での手続きは終了。ホテルまではタクシーで帰りました。
さて、問題はキトでの受け取りです。以前キトに空輸した人たちは通関にえらく時間がかかったり、違う空港へ送られたりとあったそうなので、ある程度面倒は予想していたのですが・・・。
金曜の朝になり、GIRAGに指定されたオフィス(Suntal S.Aという会社)に電話しますが、飛行機にはバイクは乗っていなかったとのこと。次の便は日曜着で会社が休みだから、受け取り作業は月曜からになると言われました。GIRAGで送るとボコタを経由しますが、そこでボコタ〜キト間の貨物飛行機に空きが出るまで待たなければならないそうです。話が違いますが、待つしかありません。
月曜になり、Suntal S.Aの会社の人と国際空港隣の税関に行きますが、5台送ったバイクのうち、ドイツ人の1台はまだ着いていないとのこと。火曜になるそうです。
仕方なく4台の通関作業を開始しますが、カルネを持っていなかったドイツ人たちは500米ドルの現金のデポジットを要求されました。そんな話は聞いたことがない、陸路で入る場合にもいらないはずだ、と反論しますが、税関の偉い人の見解だと、空路で入国の場合はカルネが無ければいかなる場合でも輸入扱いになり、関税の代わりとなるデポジットが必要だ、とのことです。
納得しないドイツ人は2時間ほどその偉そうな人と交渉し、やっとデポジット無しで通関の許可を得ました。ただしスタイル抜群、金髪の美女2人が流暢なスペイン語で交渉したので、他の旅行者が同じようにいくとは限りません。この交渉に時間がかかり、月曜はこれで終了。手続きは次の日に持ちこまれました。
さて、火曜日。カルネを持っていた私はもともと問題ないはずなのですが、手続きは予想以上に困難でした。ギア(ガイド)とは気付かず、税関の職員だと思ってヒゲのおじさんに手伝ってもらったのですが、はっきりいってこの人が一番事情に詳しく、この人抜きではかなり難しかったと思われます。
税関の職員はピシっとしたスーツに身を包んで格好をつけているにもかかわらず、カルネを見たことが無く、しかも理解しようともしません。ヒゲのおじさんが10分ほど説明し、ようやくカルネに通関のスタンプをもらいました。
次に保税倉庫へ行ってバイクを受け取りに行くのですが、そこの職員もカルネを見たことが無く、税関のスタンプが押してあっても「この書類で出すわけにはいかない」といいます。そこでまたヒゲのおじさんが10分ほど説明し、しぶしぶOKが出ますが、今度はボコタでドイツ人のバイクに貼ってあった整理番号のステッカーと私のが入れ替わったらしく、「受け取りの書類の番号と違うから出せない」といいます。倉庫に行き、自分のDRであることを確認し、車体番号などで照合してもらうように交渉し、ようやく倉庫から出す許可をもらいました。しかし税関がモタモタしているから遅れたにもかかわらず、保税倉庫の1日の利用料約20ドルを取られました。
倉庫の出口でポリスのチェックがあり、車体番号やエンジン番号を照合して手続きは終了。前の週の水曜日に預けてから6日、手続きは2日がかりでした。バイクはキズもついていなく、荷物も全て無事でした。
ヒゲのおじさんはCarlos Aguitteといい、税関のすぐそばにオフィスを構えています。電話は430-885です。ただしスペイン語しかできません。最初からこの人を雇う必要はありませんが、困ったときには大変頼りになります。税関の職員相手でも怒鳴り散らしていましたから。また、カルネなどのことにも詳しいです。
最後に費用のまとめです。
475ドル
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運送費用(GIRAG) |
22.4ドル
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現地でのハンドリング費用(Suntal S.A) |
20.16ドル
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保税倉庫料 |
25ドル
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ガイド料(ヒゲのカルロス |
542.56ドル
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合計 |
これに私自身が飛んだパナマシティ〜キトまでのチケット261ドルと空港使用税20ドルを合わせると、総合計で823.56ドルになります。ボコタだと250+人間のチケットと空港使用税で約220、計470で、約353ドルの差になりました。
安く、手続きが楽なボコタを選ぶか、安全だが高く、手続きが面倒なキトを選ぶか。それはその時の状況で判断するしかありません。ちなみにGIRAGでは確認していませんが、SERVICARGAでは南米中にフライトを持っていました。この2ヵ所以外にも空輸は可能なようです。
また、エクアドルは通貨スクレが下落し、おかげで物価は大変安いのですが、治安は悪化の一途をたどっています。かつては南米の中でも安全といわれたキトの旧市街も、今や一目見て強盗とわかる輩が徘徊しています。キトの近郊で銃を持った5人組にバイクを盗られた欧米人ライダーもいました。グアヤキルはさらにひどく、2000年5月現在外務省の危険情報では「危険度2」が出ています。コロンビアをパスしたとしてもエクアドルで安心できるかといえば、そうでもないことを付け加えておきます。 |