旅の日記

エクアドル・キト編その2(2000年5月9〜12日)

2000年5月9日(火) バイクをゲット!(Recieving the bike)

 朝8時半に税関で待ち合わせだったので早起きして行くが、みんなで待てど暮らせど運送会社のアンドレアスは来ない。彼の携帯に電話するが、1台到着が遅れていたバイクが今朝着いたので、その受け取り作業をしているから待てという。
 結局11時ごろまで税関の入り口に腰を下ろして待つ。アンドレアスはたまに現れるが「今度はこっちをやらなきゃ」と、すぐまた消えてしまう。少なくても昨日の4台はもう書類が揃っているので、そんなに時間はかからないはずなのに、何をしてるんだろう。
 そこに、昨日ドイツ人のバイクのペルミソを作成してくれたヒゲのオヤジが通りかかった。カルロスという彼はおそらくこの税関の中でも一番事情がわかっている人で、昨日もお偉いさんと交渉する時に手伝ってくれた。彼に相談すると、「わかった。今から昼休みだから、2時にオフィスに来い」という。アンドレアスは依然として行方不明なので、そのまま昼飯を食べに行く。
 2時になったので、ヒゲのカルロスのオフィスに行く。全員の書類を受け取ると、彼は急ぎ足で税関内を歩きまわり、受け取り作業を開始した。ドイツ人のバイクが一段落したところで、私のカルネ通関に取りかかってくれた。しかし、税関の職員はカルネの使い方が分からない。小粋なスーツに身を包み、格好を付けている男が何人もいるのに、カルネを見て理解できないでいるのだ。カルロスが大声で早くスタンプを押すように指示し、ようやく職員はスタンプを押した。やっぱこの税関、アホが多い。
 カルネにスタンプをもらったので、後は保税倉庫の窓口に行ってバイクを出してもらうだけだ。カルロスに窓口を教えてもらって列に並ぶ。ようやく順番が来たのでカルネを見せ、バイクを出してもらうようにいうが、窓口の若い女性と男性もアホだった。「これだけじゃ書類が足りない」と言うのだ。バカな、カルネに税関のスタンプをもらっているのに、というが、やはりカルネが理解できないらしい。ドイツ人の元に戻っていたカルロスを呼んできて、窓口と交渉してもらう。カルロスは窓口にどなりちらし、カルネというもので通関できるということを説明した。しぶしぶ窓口は手続きに取りかかったが、さらにアホだった。バイクがボコタで別の飛行機に乗せられる際、車体に貼っている整理番号のシールを取り違えたらしく、私のバイクの整理番号と受け取りの書類の番号が違うので、あれは別の人のバイクだという。カルロスと倉庫へ行き、バイクを確認するが、やはり私のバイクであった。窓口に戻って車体番号などを調べてもらうように交渉し、約10分後、ようやく私のバイクであることが認定された。これは、カルロスがいなかったらかなり面倒なことになっていたと思う。「カルロスと倉庫に行った」と書いたが、カルロスが税関で働く人間だから入れた訳で、民間人はまず自由に保税倉庫に入れない。窓口の女性もかなり冷淡な態度で非協力的だったし、キトの税関は噂以上の難関だ。
 バイクを出す許可をもらったあとは、窓口で保税倉庫の利用料を払わねばならない。1日につき20ドルだと。お前ら税関がモタモタしているから時間がかかったんだろう。サギに近いぞ。
 銀行で20ドルを収め、倉庫に戻り、バイクを出してもらう。保税倉庫の出口でポリスが車体番号をチェックし、ようやく手続きは終了。もう夕方になろうとしていた。バッテリーを接続してエンジンをかけると、一発で始動。キズもついていないし、倒された形跡も無い。サイドケースの中の荷物も無事だった。
 そしたら、カルロスが「ガイド料25ドルをくれ」という。何じゃこいつ、ワイロが欲しいんかい。ちょっとまてと言って、ドイツ人のところに行く。彼らも倉庫代を払ったが、金額を聞くと25ドル高い金額で、彼らはカルロスに払っていた。つまり、カルロスは自分の「ガイド料」をすでにドイツ人らの倉庫代に水増しして受け取っていたのだ。こりゃ失礼だが、逃げてしまおうかと思ったが、そこで気付いた。カルロスは税関の職員では無いのでは?
 昨日ドイツ人のペルミソを作成してくれたが、彼のオフィスは確かに税関の外にあった。彼のアシスタントの男性がいたので、彼は税関の職員か独立したギアなのか聞いたが、やはり個人で働いているギアだという。おーい、どうゆう訳で彼がペルミソ作ったんじゃい?よくわからんエクアドルの仕組み。仕方なく、カルロスにガイド料を払う。事前にガイドと分かっていれば金額など交渉できたのに。でも、彼がいなかったら通関はさらに大変だったろう。それほど彼は知識もあるし、税関の人間にコネが効く。一般の税関の職員はアホばっかりなので、個人でやったら相当苦労したろう。結局アンドレアスはその後全然現れなかったが、カルロスの方が100倍頼りになった。
  ドイツ人たちはもう少し時間がかかりそうなので、別れを告げて先に税関を後にする。久しぶりに運転するバイクは気持ちよく、あっと言う間に新市街のホテルに着く。フロントの女性がメッセージがあるというので見ると、日本語書きのメモが2枚。1枚はメキシコで会ったホンダ・ゴリラで世界一周中のマサで、旧市街のホテルに泊まっていると言う。もう1枚はメールのやりとりは行っているものの、まだ会った事のない「電脳吟遊詩人」の梅原さんで、やはり旧市街の宿に泊まっていると言う。二人とも留守中に来られたようだ。

 取るものもとりあえず、トロリーバスに乗って旧市街に行く。夜の旧市街は初めてだったが、黄色い電灯がコロニアルの建物を照らしてきれいだった。まずはマサが泊まっていると言う宿へ。これが旧市街でも人通りの少ない暗い小道に面していて、かなりまわりの雰囲気はヤバい。ホテルにつくと、入り口にはホームレスが腰掛けていた。ホテルは真っ暗で、人がいる気配がなく、シーンとしている。ドアをたたいてしばらく待つと、予想に反して感じの良いおばさんが出てきた。マサのことを訪ねるが彼は外出中で、夜10時にならないと帰ってこないという。あきらめて、今度は梅原さん夫妻が泊まっている「スクレ」へ。
 「スクレ」は日本人宿ではないが、キトの安宿の定番として知られ、日本人宿泊者が多い。ここに泊まりたかったが、バイクが置けないのであきらめていたのだ。中に入るとちょうど飯時で、キッチンでは日本人旅行者がみんなで夕食を作っていた。梅原さん夫妻もそこにいて、無事ご対面。予想以上に面白い人たちで、そのままビールを買ってきて、しかも夕食まで食べてしまって、盛りあがる。梅原さん(以下ウメさん)は元プログラマーで、彼も世界を旅をしながらホームページを作り、雑誌「Yahoo!インターネットガイド」にも連載を持っている。その関係でメールで知り合い、いつかどこかで会える事を願っていたのだ。一時は中米あたりで接近したが、私はアミーゴで沈没、ウメさんらはコスタリカから飛行機でチリへ飛んでしまったので、海外モバイラーのトップ会談(自称)は延期となっていた。しかし、その後ウメさんらは南米を北上、私はパナマから南下してきたので、ここキトで交差することとなった。ウメさんの小指とを自分の小指の間に赤い糸が見えるカズヒロなのであった。
 さて、夜も遅くなった。スクレのみんなに聞くと旧市街の治安の悪さは噂以上で、特にホテルが面しているサンフランシスコ広場には夜、一目見て強盗と分かる輩が出没するという。ウメさん夫妻をはじめ宿泊者は世界中を放浪しているツワモノが多いが、旧市街の夜の出歩きはみんな控えていて、「パナマのコロンより恐い」「ペルーのリマより恐い」などど、今まで訪れた国の中でもトップランクの恐さに位置付ける人が多い。今から無理して帰らない方がいいとみんなが言うので、そのまま泊まることにする。宿泊料は10000スークレ(約40円)。意識が遠くなるような安さ。最近特にスークレが下落しているので、外国人にはたまらない物価なのである。しかしそれが治安の悪化を招き、かつては問題が無いとされたキトを危険にした。
 トイレ、シャワーはもちろん共同だが、スクレの部屋は以外ときれいだった。夜遅くまでトランプで盛りあがり、午前3時ごろベッドに入るが、寒くてたまらない。暖かい服も寝袋も新市街のホテルに置いたままだ。ベッドには毛布があるが、それでも足りずに寒いのでオーム貝のように丸まって寝る。昨日からひいている風邪が悪化するのは火より明らかだ。ああ、こたつが恋しい。

本日の走行距離       9.8キロ(計23958.6キロ)

出費                     6$  宿(新市街)
                     35000S  タクシー
                     40000S  昼食(炒飯)
                      8000S  喉飴
                     20.16$  保税倉庫代
                        25$  ギア(カルロス)   
                     10000S  宿(旧市街スクレ)
                     18000S  夕食(スクレ食)
                      2500S  トロリーバス
                     20000S   ビール     
計           133500S
             51.16US$

宿泊          Hostal Sucre
バイクの置き場     Hostal Tierra Alta



2000年5月10日(水) 引っ越す(Moving the hotel)

 あまりにも寒いでので8時前に目が覚めた。喉は痛く、体がだるい。完全な風邪だ。
 とりあえず、マサが泊まっているホテルに行く。まだ寝ているかもしれないが、この時間なら確実にいるだろう。ホテルのドアをたたくと昨日のおばちゃんが出てきて、マサの部屋に案内してくれた。案の定彼は寝ていたが、メキシコ以来、5ヵ月ぶりの再会を果たした。
 マサはコロンビアにいるときに日系企業のCMに出たらしく、ヒゲをきれいに剃っていた。頭もここキトで床屋にいったらしく、こざっぱりとした好青年になっていた。メキシコではヒゲボーボーだったのに。
 ホテルを出て、マサには私のホテル探しに付きあってもらった。旧市街は危ないが、やはり「スクレ」は楽しいことこの上ない。ただしバイクが置けないので、近くでバイクの置ける別の宿を探して、そこを贅沢にもセカンドハウスとして利用しようと思うのだ。トロリーバスの駅の近くで、中庭があるホテル「Capitalino」を発見、一泊20000スークレで「スクレ」の2倍だが、あそこが特別安いだけで、普通はこんなもん。部屋は監獄のように狭くて暗いが、ここに泊まることはないので問題無し。後でバイクで来る事を約束して、マサとトロリーバスに乗る。
 向かった先は新市街の日本大使館。マサの郵便物を受け取りに行ったのだ。キトの日本大使館はビルの一角で、こじんまりとしていた。読売新聞があったので見ていたら、グアテマラのリンチ事件の報道が載っていて、あまりにグアテマラをひどく書いていたのでいやになった。
 大使館を出たあとはマサと別れ、新市街のホテルへ行く。ホテルでは私が昨夜何も言わないで外泊したので心配したそうだ。ごめんなさい。チェックアウトは午後2時だというので、それまでに身支度を整えねば。まずはインターネット屋へ行ってメールの送受信を行い、そして贅沢にもランドリーに行って衣服を洗濯してもらう。そして荷物をまとめ、午後1時すぎに新市街を後にする。
 旧市街までは10分ほどだが、「Capitalino」には落とし穴があった。前の道路がトロリーバス専用の道路で、一般車両は走れないのだ。何とか迂回するルートを見つけようとするが、いつのまにか貧民街に迷い込んでしまったので引き返す。近くの広場にバイクを停め、どうしたものか考えていたら、さっき別れたマサがやってきた。マサが歩いて様子を見てくれたが、警察もいないので問題なさそうだ。ほんのちょっとだし、トロリーバス専用の道を走る。途中ですれ違ったバスにクラクションを鳴らされたが、無事ホテル「Capitalino」に到着。中庭にバイクを停め、荷物を部屋に運んだあと、マサと昼食を食べに出た。
 再びマサと別れたあと、「Capitalino」の部屋に戻り、「スクレ」に持って行く荷物を仕分ける。バイク関係は全て置いていくが、それでもバックパック満タンと、サイドケース1個の荷物になった。スクレまでは約600メートルの道のりだが、ほとんど登り坂で、荷物は重いし、死ぬかと思った。しかも標高は2800メートルもあるし、シェルパにでもなった気分。しかもスクレの部屋は4階建ての建物の一番上。最後のこの階段がつらかった。
 スクレの部屋に戻った後は、寝袋を出して早速寝に入る。風邪とここまで歩いた疲労でボロボロである。夕食前に起きて熱を測ったら、38度近くあった。久しぶりのちゃんとした風邪である。
 スクレのみなさんが作った「スクレ食」(今夜は炊きこみご飯)を食べると、少しは元気が出た。夕食後はウメさんの部屋に行ってパソコン談義。ウメさんと奥さんのそれぞれのパソコンと私のパソコンを立ち上げ、LAN接続を行う。パソコンが本職だったウメさんは本当に詳しい。ホームページ作成などについて、イロイロなワザを伝授してもらった。本当にお世話になりっぱなし。今度何かお礼をしよう。あ、ウメさんのホームページはリンク集に入っているが、まだ見ていない不届き者がいるようなら今すぐ見るべし。本職のテクニックを駆使した、クールなサイトだぞ!

電脳吟遊詩人、世界を行く
 

本日の走行距離          7キロ(計23965.6キロ)

出費                  2500S  トロリーバス
                     10000S  宿代(スクレ)
                     40000S  洗濯代
                     15000S  インターネット
                     20000S  宿代(Capitalino)
                     13000S  昼食(定食)
                     10000S  夕食(スクレ食)  
                     10000S  ジュース2本
計           120500S

宿泊          Hostal Sucre
バイクの置き場     Hotel Capitalino
インターネット     The Magic Roundabout Hostal



2000年5月11日(木) グアテマラ事件の真相を知る(The Incident in Guatemala)

 朝、熱を測ったら、まだ37度4分ほどあった。まだだるい。
 ウメさんの部屋に行くと、猪飼さんがグアテマラの事件について語っていた。猪飼さんとはメキシコの「ペンション・アミーゴ」、アンティグアの「レフヒオ」で会っていて、ここ「スクレ」で再会したのだが、彼はあのグアテマラの田舎の村で日本人ツアー客が先住民に襲われた事件の時、現場にいたのだ。日本で報道されているのと事実は異なるので、ぜひ彼の話をホームページで紹介せねば、と一緒になって聞き入る。
 話を伺ったあとはみんなで飯を食べに。トロリーバスに乗って新市街へ行き、マクドナルドで飯を食う。旧市街から来ると、やはり新市街は別の国のようにきれいだ。マクドナルドにしばらくいたら、あっという間に時間が過ぎた。ウメさんは近くのインターネットカフェへ行き、奥さんのKさんと私と猪飼さんはスーパーへお買物。今夜のスクレ食は野菜炒め(みそ味)に決定、材料を買う。
 宿に帰り、しばらく猪飼さんから聞いた話をまとめていたが、すぐに夕食の時間になった。夕食後、引き続き猪飼さんの話をまとめる。猪飼さん本人にも見てもらいながら事件の事を書くが、遅筆なのでなかなか進まない。
 途中で猪飼さんの部屋に移り、ウメさんらとスーパーで買った桃の缶詰を食べる。これが、なぜかおいしい。猪飼さんの部屋からは前のサンフランシスコ広場が見えるが、この時は鉄パイプを持ったアヤシイ男がウロウロしていた。Kさんは、蛮刀を3本持った男が徘徊しているのを見たそうだ。しかし、これはなかなか面白い。明らかに強盗と思えるような男を、高い、安全な場所から見下ろす。みんなで見ていたら、「見せものじゃねえ」というような感じで、男は私たちを睨みつけてきた。あははは、恐くて面白い。悔しかったら、ここまで来いっての。でも強盗さん、本当に来ないでね。
 その後も部屋に戻り、猪飼さんの話を書いていたら、何と朝5時までかかってしまった。風邪ひいているというのに。でも、これは必見なので、ぜひとも見てほしい。

グアテマラ邦人リンチの事件の真相

本日の走行距離          0キロ(計23965.6キロ)

出費                  5000S  トロリーバス
                     40000S  宿代×2(Capitalino)
                     55000S  昼食(マクドナルド)
                     43750S  桃の缶詰、お茶
                     20000S  ビール
                      8000S  水  
                     18000S  夕食(スクレ食、野菜炒め)
計           189750S

宿泊          Hostal Sucre
バイクの置き場     Hotel Capitalino



2000年5月12日(金) 日記を打つ(Writing diary all day)

 朝5時までパソコンをやっていたにもかかわらず、11時頃に起きて熱を測ったら平熱に下がっていた。夜更かしが風邪に効く事が、これで証明できたと思う。
 しかしまだ咳や鼻水がひどいので、療養を兼ねてホテルで大人しく日記を打つ。最近ためていたので、午後5時ごろまでかかった。それからトロリーバスで新市街のカフェへ行き、アップロード。帰りは夜になったので、パソコンも持っていることだし、タクシーで帰る。
 今夜のスクレ食は雑炊。おいしくて温まった。
 夕食後は、パソコン部屋と化したウメさんの部屋でゲームをやったり、メールを打ったり。そのうち、ウメさんがシタール(17弦のインドの楽器。音色はみんな聞いたことがあるはず)を弾きだした。本場インドで数ヵ月修行しただけあって、メチャかっこいい。さすが「電脳吟遊詩人」。感動した。
 その後はみんなでバナナを食べる。これが、なぜかおいしい。やはり果物をおいしく食べるのには、コツが必要です。
 

本日の走行距離          0キロ(計23965.6キロ)

出費                 34000S  昼食(チキン)
                      2500S  トロリーバス
                     15000S  インターネット
                     30000S  タクシー
                      6000S  夕食(スクレ食、雑炊)
計            87500S

宿泊          Hostal Sucre
バイクの置き場     Hotel Capitalino
インターネット     The Magic Roundabout Hostal
「久美子の言わせて!」
 「アミーゴ」をちょっと出て、グアダラハラの友達に会いにいく。途中、海に寄ってボディボードをしようと 思ったが、波が高いのとレンタルする所もないのであきらめる。地元の子どもたちに大人気で、寝ていると砂をかけられ遊ぼう、海へ行こうと駄々をこねられる。そこのおっさんが言うには前に中国人の女の子が居たので顔が似ているからすぐなついたんじゃないかなだって。あとメキシコ人にも見えるそうだ。そうかなぁ。 メキシコ人のサーファーとお友達になった。集団でいると見た目は怖いけど、みんないい人たち。 もしかしたら次のPLAYA(ビーチ)で会えるかも。明日移動するアメリカ人夫婦の車に乗せてもらう。 キャンピングカーで移動するの初めて。楽しみ楽しみ。ゆっくり進むんだろうなぁ。